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滞仏日記「ママ友たちが我が家でディナーすることになって、さあ、大変」 Posted on 2020/08/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、心地よく午睡をしていたら、ワッツアップがチンとなった。覗くとソフィーからで「見たわよ、ヒトナリ、あんたのインスタ」とあった。その後、ここ最近、ぼくが作った料理の写真が数枚、どどどん、とグループチャット上にアップされたのだ。いっぺんに目が覚めてしまった。すると、イザベルが、すごー、と、アンヌが、わおー、と反応をし、ママ友たちが一気に思い思いの感想を述べ始めたのはいいのだけど、最後に、パトリシアが、
「食べたい。いつ、いつ、行っていいの?」
と言い出すと、
「あたし、明日の夜がいい」
とレイラが言った。アンヌが、
「確かに学校始まったら、もう子育てに追われ、土曜日の夜は出られないから、明日とか最高かもね」
とか言い出し、明日、我が家で急遽、セックスアンドザシティーの夜会が決定してしまったのである。やれやれ。



「ええええ? ジョルジュのママとか来るの? うちに? マジ?」
「マジだよ。で、お前、アルバイトやる?」
「何の?」
「ギャルソン」
「やだよ。学校で言いふらされて、みんなにバカにされちゃう」
「15€」
「やる」
ということで、スタッフを一名ゲットした。

さて、困った。フランスのマダムが総勢、4人、やって来ることになったのだ。チャットメンバーはもっといるのだけど、やはり、今日の明日、しかも土曜日にあいているのは4人のみであった。それでも多いよね。みんな、学校の送り迎えで古くからの顔見知りだから構わないのだけど、我が家にお招きするのは初めてのこと。2度ほど、パリ在住の日本人ママ友たちのために出張料理人をやったことがある。中村江里子さん宅のキッチンをお借りして、あの時は5,6人だった。でも、相手が日本人だから、気楽だった。今回はオール仏人で、しかも、セックスアンドザシティ系、ちょっと緊張する。イタリアン、フレンチ、ヒュージョン、いろいろと考えて悩んだけど、結局、受けを狙って、和食系にすることに決めた。基本は和食なのだけど、ちょっとフランス人にも好かれる味付けにアレンジ。まずは、買い出しだ!



こういう急なお客人の場合、だいたい、得意料理を出すのが普通だが、4人の中に一人、アレクサンドルのお母さん、リサが混じっていて、彼女はぼくの料理をだいたい食べつくしており、同じものを出すのはちょっと憚られた。そこで、今回は夏休み最後の大冒険、新作で勝負することにした。新作と言っても、思い付き料理だ。昨日の日記じゃないが、思いが付いて、ひらめく料理になる。スーパーに行って、材料を物色する中で、構想を練ることにした。こういう時に、便利なのがパリ中心部にある老舗デパート、ボンマルシェの食品館である。ちょっとお高いけど、なんでも揃うので、出かけた。なかなか立派なゆずぽん酢があったので、一本購入。夏だし、暑いし、ぽん酢に縋ろうと思った。

アミューズ、前菜3品、メイン2品、デザート一品、という布陣が頭の中に浮かんだ。ぼくはだいたい、材料との出会いにいつも一期一会を見る料理人作家(?)なのである。新鮮な鯛に一目惚れ、牛はさがりの赤身の部位に気移りし、蛸でもえて、フヌイユできゅんとなり、鱈子やカラスミに恋をした。



家に辿り着く頃にはだいたいのイメージが出来上がっていた。一人でフルコースを作らないとならないので、出来るだけ、前もって準備が出来る料理が便利だ。ぼくが主人なので、ゲストだけにするのは失礼となる。料理をしながらも、時々は席にもついて、一緒に食べながらの、ワインを注いだりしつつ、サっとキッチンに戻る、みたいなことをさりげなくやらないとならない。フランスではだいたいこういうのは男の仕事だったりする。どこの男たちも人を招く時に何かしら、したがる人が多いし、ボケっと椅子に座ってるのは非難を浴びる、かな。男と女の役割に境目がない。家事も仕事も、男女ともやるのが普通である。

家に辿り着いたら、下準備をやった。鯛のフィレの小骨を抜き、皮を剥いで、塩を振って水を出し、今回はサクッと簡単に昆布茶を使って鯛の昆布茶締めとした。サランラップに包んで冷蔵庫に、明日の夜には味の染みた特別なこぶ締め風味のカルパッチョが出来上がる仕組みだ。これの味付けは、和食風じゃなく、アジア風にする。

滞仏日記「ママ友たちが我が家でディナーすることになって、さあ、大変」

さがり牛は味噌漬けにすることにした。博多の知人の店で食べた宮崎風の食べ方を真似て、アレンジすることにした。味噌、醤油、みりん、酒、砂糖などでたれを作り、漬けた。これも明日、いい具合に仕上がっているはずだ。

滞仏日記「ママ友たちが我が家でディナーすることになって、さあ、大変」

蛸やフヌイユを使ったスペシャルサラダで使うポン酢ジュレも作っておく。当日だと間に合わない。時間のかかるジュレのようなもの、冷やさないとならないものなどは、前日とか当日の朝にやっちゃっておくと、パニくらない。

滞仏日記「ママ友たちが我が家でディナーすることになって、さあ、大変」



筑前煮をアレンジした欧風筑前煮を出すので、これは前日に仕込んだ方が、味が染みて美味いので、ちゃちゃっと煮込んだ。まあ、明日、慌てないための準備はこんなところか。あとは、成り行きでどんどんアレンジを加えていけばいい。

滞仏日記「ママ友たちが我が家でディナーすることになって、さあ、大変」

さて、下準備が整ってしまえば、ほぼ4割は完成ということになる。矢でも鉄砲でも持って来い、だ。下準備した食材が、思い描いたイメージに整っていくのが、料理人作家の喜びでもある。さて、ぼくが、今現在、心に思い描いているセックスアンドザシティ料理のメニューは以下となる。

アミューズ:タイ米バターライスの軍艦巻き、醤油鱒卵添え
前菜1:冷静クレーム・マイス(冷静トウモロコシの欧風スープ)
前菜2:ドラ―ド・ロワイヤルのカルパッチョ(真鯛のこぶ締め)
前菜3:ゆず風味の蛸サラダ仕立て
メイン1:カラスミと鱈子のクリーム麺 
メイン2:宮崎風特製さがり牛丼ぶり
デザート:加賀棒茶のブランマンジェ

どうじゃ。

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