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滞仏日記「ママ友ソフィの悩み、家事と恋愛と仕事とLGBTの狭間で」 Posted on 2020/09/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、同性の好きな子が出来たと打ち明けられた弁護士のソフィのことは少し前の日記で書いた通りだが、その後、連絡できずにいたら今日、久しぶりにワッツアップにメッセージが入った。
好きな子が出来たというのはいい知らせだったけど、何となくその後、どう、とは聞けず、そのままになっていた。
彼女が主宰する女性だけの集まり「マダムソフィのソワレ」にも誘われたけど、さすがにウーマンオンリーの場所にのこのこ出て行く勇気はない。
ヒトナリなら大歓迎、と言われても興味本位で出向くわけにもいかない。
でも、気にはなっていた。パリは男性同士のカップルも多いけど、女性同士も多い。
日本だとまだ堂々と手を繋いで歩いているカップルが少ないけど、パリだから…。
もちろん、カトリックの国なので反対勢力もかなりいるけれど、多くの市民はそこも含めて、個人の愛の形に対し、とやかく言う人は少ない。
子供たちもそういう教育がなされているので、うちの子の学校はカトリック校だけど、先生たちも授業の中で先生によってだけど、ちゃんと教えている。
まあ、タブーじゃないけど、いくらパリとはいえ、まだ100%、ゲイのカップルが社会的に居心地がいいかどうかは、ぼくにはわからない。
でも、ソフィ曰く、パリが一番、と言っていた。



で、今日、ソフィとソフィの恋人のエロイーズと三人でランチをすることになって、マドレーヌ地区にあるソフィが仕事でよく使うというホテルのバーレストランのテラス席で会った。
ソフィはもともと男性と付き合っていて、お子さんが出来、夫といろいろとあって、エロイーズと出会い恋に落ちた系。
で、エロイーズは男性とは一度も交際したことがないタイプ。
でも、彼女とも出会ってすぐに仲良くなった。
エロイーズはジャーナリストだった。弁護士とジャーナリストって絵に描いたようなカップルである。
時々、ぼくの目の前で手をつなぐのだが、若くない二人なので、新鮮だった。
でも、なんとなく、自然と二人の関係性が見える手のつなぎ方で、どうもエロイーズがソフィを包み込んでいる側のようだった。

滞仏日記「ママ友ソフィの悩み、家事と恋愛と仕事とLGBTの狭間で」

※ 写真はイメージで登場人物には関係ありません。



二人のプライベートの問題が議題に上がったのは、デザートが出てきた直後のことである。
「ヒトナリ、問題は、子育てと恋愛と仕事とLGBTの狭間で私は苦しんでいるのよ」
ソフィの悩みはだいたい想像が出来た。
ソフィのお嬢さんはエロイーズとの関係をはっきりとは知らない。
そのことは言う必要はないと二人は思っているのだけど、家事と仕事があり、その上、二人ははっきり言って、ぼくなんかよりもずっと忙しい。
ソフィは物凄い数の離婚訴訟と倒産案件の処理に追われている。
エロイーズは政治関係のジャーナリストなので、メディアなどでも活躍をしている。
これだけ多忙な二人、よく恋愛をする時間があったものだ、と感心をする。それよりも、どこで出会ったのだ、と想像をしてしまう。
ま、それは余計な詮索なので、作家的な推理は控えないとならない。
「仕事はやめられない、子育てもまだ大変な時期、家事を放棄は出来ない。でも、エロイーズには会いたい。どうしたらいいと思う?」



これは難題であった。
「どうしたらいいって、全部頑張るしかないでしょ」
そう言ったのはエロイーズだった。
その通りなので、頷くことしかできなかった。
ぼくはジェンダーというものは何だろう、とその時、思った。いつもの、人間とはなんぞや、である。この三人の間にはジェンダーの壁がなかった。
そこがいいな、と思った。男らしくとか女らしくとか、って言いながら、自分たちをジェンダーの牢屋にぶち込んでいるのが人間である。実に面白い。
「あの、いいですか?」
とぼくは言った。
ウイ、とエロイーズとソフィが同時に唸った。
「ぼくは毎日家事と仕事に追われていて、くたくたなんですよ」
申し訳なさそうに二人が、ウイ、と言った。
「でも、きっと恋愛が出来たら、その仕事や家事は苦痛じゃなくなるんじゃないかな、と思うんですよ」
ああ、と二人。
「だって、そこに好きなものがあると、全部が好きなものに変わるのが恋愛だと思うからです」
ウイウイ、と二人。
「なので、あなたたちの悩みはぼく的にはかなり贅沢な悩みでしかない。ぼくはLGBTとかいうカテゴリーに興味も関心もないです。カテゴリーで見たくない。あなたたちはあなたたちだから。ダメですか? ただ、幸せそうな二人でよかったなぁって思っていますよ。この答えでどうでしょう?」
二人は、黙って頷いていた。それから、同時に、ぼくらは微笑みあうのだった。

滞仏日記「ママ友ソフィの悩み、家事と恋愛と仕事とLGBTの狭間で」

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