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リサイクル・暮らしの日記「アンティークに囲まれた生活」 Posted on 2023/04/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリに移り住んでから、骨董品に愛着を覚えるようになった。
趣味のないつまらない人間だが、あえて趣味かもしれないと自慢できるものが、欧州の古い家具を集めることで、家の中は渡仏後にこつこつと集めたアンティーク、骨董家具で溢れている。
かといって、投資目的とかではなく、自分の好きなものに囲まれて暮らしたいだけ。
だから、なんでもいい。
古いワインボトルとか、古い看板とか、古書とか、古い箱とか、古いがらくた、でも、味があるものであれば、なんでもいい。
真新しいモダンなものは、よっぽどセンスがよくないと手に取らない。
だから、パリの仕事場はどこかアンティーク屋のようになっている。
落ち着くのだ。

友たちの家に行っても、同じ趣味の人のところか、居心地がいい。
なんだろう、時間をインテリアにしているな、といつも思う。
だから、アンティーク巡りはぼくの趣味といってもいい。で、気に入ったものがあったら、買う。
フランスの田舎が好きなのは、多分、近代的な生活があまり全面に出てこないからかもしれない。
そもそも、田舎の人は、アンティークとかいう概念がないから、新しいものも古いものも、上手に同居している。そこも素敵。
暮らしぶりが、時間に追われてないので、そもそもアンティークなのである。

リサイクル・暮らしの日記「アンティークに囲まれた生活」

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パリの骨董市のことをブロカントと呼ぶ。
趣味と言えるかわからないけど、ブロカントを歩いて、ちょっとしたものを買うのが僕の趣味だ。
最近は、バターナイフ、それも銀製の、を集めることにささやかな喜びを感じている。
バターナイフって奥が深くて、角度とか、持った時の握った感じとか、いいバターナイフに出会うと思わず微笑みが零れてしまう。
骨董品じゃなくても、アルチザン(職人)が先代から技術を受け継いで作ったようなものが好きだ。気が付くと購入してしまい、息子に、「パパ、バターナイフばっかり集めてどうするの?」とよく窘められる。
 

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で、ロックダウンになる前のことだけど、ふらりと入ったダノア(デンマーク人)のアンティーク屋さんで椅子に一目ぼれして買ってしまった。
まず、その佇まいにやられた。
古いシボレーの、60年代のアメリカ映画に出てくるような車のシャーシを思わせるフォルム、特に、独創的とか個性的ではないけれど、おお、そこにいたのか君、と思わせる雰囲気とか気配に満ちていて、心を擽られた。
材質はパリサンドル(ローズウッド)で、結構重厚感がある。修復済みで、生地も全て張り替えられている。
申し分のない状態で僕を待っていた。
値段も、アンティークとは思えないような高くもなく安くもない適価だったからか、気が付いたら買っていた。
どこに置くかというと、家中に椅子が溢れているので、狭い僕の仕事部屋の窓際にそっと置いてみた。
座った時の、僕の背中とその椅子との角度が見事で、座り心地がいいのは当然だけど、他の椅子たちにはない、いつでもすぐに立って歩き始められるような角度が最高だった。
ゆったりできるクラブ椅子とは違って、いわば、ちょっとだけ、腰かける、椅子かもしれない。
ちょっと座って、サッと何かをして、また立ち上がるための椅子。
そういう椅子がなかったので僕は喜んだ。
眩い光りの中に腰かけ、僕は新聞とか雑誌をめくる。
きっと僕が死ぬまでずっと座り続ける椅子の一つになるのであろう。



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こういうアンティークの椅子というのは、かつて誰が座っていたのかということを想像させてくれることがまず素敵である。
特に珍しい椅子なので、それだけの愛着を持った人がオーナーだったはずだ。
その人から何かの意志を受け継がれたような気持ちにさえなる。そこにいない誰かと、午後のひだまりの中で、小さな会話が出来るような気がするのも素晴らしい。
古い本を読むにも相応しいし、香り豊かなコーヒーを飲みながら、目を閉じて、受け渡された歴史に思いを巡らすことも、アンティーク椅子の良いところかもしれない。
古い家具を集めたからといって、それをあの世に持っていけるわけではないが、この時代まで生き残った何かが、その椅子には宿っているので、ここに座ることでこの現世をまず穏やかにいつくしむこともできる。
そこに腰を下ろす瞬間の、なんともいえない喜びを、僕は幸福と呼びたい。素晴らしいアンティークの椅子と出会った。
ただそれだけのことだけど、僕の一日は豊かなものとなった。
 

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