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滞仏日記「電子の草原で出会う今時の青春」 Posted on 2019/08/07 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、息子の恋の行方は気になるが、僕はそこには介入しない。相談をされればもちろん、きちんと僕個人の意見を言うつもりだけれど、でも、余計なことを言って大人の知恵をつけたくない。正直、恋愛小説を書いてきたけれど、こと恋愛に関してはこれが正しいというのはない。人の数だけ答えがある。そこは見守るのが一番だと思っている。

息子は毎日、フランス版のライン、ワッツアップを使ってその子と長話をしている。仕組みはわからないけど、無料のテレビ電話みたいなもので、お互いの携帯にお互いの顔が映っている。彼らはそれで一日中、繋がっている。ちなみに、彼女が暮らす村はパリから400キロ以上も離れている。息子曰く、恋人の家の周りは360度見渡すかぎりの畑なのだとか。お父さんは建築家で、その村に家族と移り住んだ。たぶん、社会と離れた場所で家族主義を貫き生きているのじゃないかと作家は勝手な想像を巡らす。だからその子はネットの中で生き、人づてに息子と知り合った。彼らがいつどうやって自分たちを恋人関係と認定したのかわからないが、僕らの時代とは違い、ネットの中にリアルな草原があるのだ。

最近は僕のことも知っているようで、息子曰く、パパのインスタのフォロワーだよ、と。毎日、息子に拵える、どうでもいい食べ物しか載せてないインスタを見て、どう思われているだろう、と僕なりに恥ずかしく思った。狭い家なので、息子がソファに寝転がり、彼女と話し込んでいると、否が応でも僕は映り込んでしまう。すくなくとも「ご飯だぞ」という声とかは聞かれてしまう。ほぼ毎日、朝から晩まで、こうやって二人は家の中で会話をし続けているからだ。まるでその子がここに同居しているような・・・。だから、僕はたまに、ボンジュール、と声を張り上げる。すると、可愛い声で、ボンジュール、と戻ってくる。そういう世界。電子の草原で彼らは出会った。

息子には友達が大勢いるのだけれど、会ったことのないネット上の仲間の方が多い。ビートボックスのチャンプとか、ヒップホップの歌手とか、聞けばそういう連中ばかり。学校で出会う狭い範囲の友人たちと、区別しているようだ。ネットで知り合った友人たちは自分で繋がっていった友達で、あらかじめ準備されたクラスメイトたちとはどうやら区別されているみたい。自分が好きな音楽を通して知り合った同世代の仲間たちにはある種のリスクも付きまとうけれど、親の監視から除外されたその関係の中に「大人になる」ということの本来の意味が潜んでいる。だから、僕は一切、介入をしない。危険な地区に遊びに行くこともあるけれど、一度くらい危険な目に合わないと何が危険か、分からない大人に育ってしまう。そこは自分で学ぶことなので、よっぽどのことがない限り、僕は登場しない。息子の恋愛に関しても同じで、僕がとやかく言うつもりはない。

「あのね、安心をして、パパはフランス語が分からないから。なに聞かれても害はない」
息子のフランス語だけはよく聞こえてくるし、理解出来るのだけど。
「うん、予定通り、明日、朝に出る。午後三時くらいにはそっちに到着するはずだよ」
明日? そうだったっけ? 息子に頼まれて、僕が運転をして恋人君の村の近くまで送り届けることになっている。そうだ、僕はその辺にホテルを予約しなければならなかった。彼らが会っている間、僕はそのホテルで小説を書いて待つという約束。息子が未成年なので、一人ではいけないので、お願い、と頼まれていた。ホテル、やばい。
「パパ、明日のホテルの住所わかる? エルザがそこまで迎えに来てくれるって!」
僕は寝たふりをした。
 

滞仏日記「電子の草原で出会う今時の青春」