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滞仏日記「息子の恋人の親御さんと話す時の心得」 Posted on 2019/08/09 辻 仁成 作家 パリ

 
某月某日、野暮な父親にはなりたくないので、出来るだけ、恋する二人の邪魔をしないよう僕は宿にこもり仕事に専念することになる。この日、息子の彼女は朝の9時に息子を迎えにやって来た。彼女が暮らす村はここから車で30分ほど離れた大西洋側に面している。バスとトラムを乗り継いでやってきたのだ。今日は一人でやって来た。
「何時に帰ってくる?」
「わからない。でも、エルザは夕方の18時には家に帰られないとならない。で、パパは何してる?」
「パパはずっとここで仕事しているよ。たまに散歩に出るかな」
「OK、じゃあ、連絡する」
「昼はどうするの?」
「適当に食べる」
僕は財布から20ユーロ札を取り出し、カンパ、と言って渡した。20ユーロで食べられるものはファーストフードがせいぜいだけれど、それ以上の贅沢をさせるわけにもいかない。ここまで車で送っただけでも、理由があるにせよ、相当な過保護だから・・・。

息子は笑顔で飛び出していった。恋人のエルザは一歳年上なのだとか。15歳と16歳のカップルである。窓から通りを覗くと、建物から飛び出した息子が彼女に抱き付いた。ハグをした後、二人は満面の笑みを浮かべて手に手を取り合って歩き出した。やれやれ。誰かに相談をしたいけれど、相談相手が思いつかない。84歳の母さんに言ってもさすがに日仏の若者事情の違いを理解出来るはずもなく・・・。あ、一人いた。やはり、リサしか相談できる相手はいない。

僕は電話をした。別に心配ごとがあるわけでもない。でも、男親で片親だから、年ごろのフランスの娘さん事情も分からず、ちょっと不安なのも当然で、同時に、女性の意見を聞いてみたい。誰かとちょっとこの状況を分かち合う必要がある。自分の心構えが正しいのかを確認するためにも・・・。
「私は、自分がそうだったけど、15歳の時の恋はいい経験になった。当時出会った人を追いかけてルーアンへ行った。親には勘当されたけど、でも、本当にいい勉強になった。その後、ルーアンの大学に進み、教師になった。もちろん、その彼氏とは大学時代に別れたけど、今でもいい友達。彼が私の基礎を作った。それでいいのよ。ファーストラブというのは一番の恋愛の教師なんだから、そこから学ぶことが二人には山ほどあるんだからね」
「もちろん、わかってるけど、でも、あまりに早い展開に、ちょっとためらい、ちょっと驚いている。想像よりもことが進んでいる感じがするんだよ。大丈夫かな」
「ひとなり。大丈夫よ。あなたは分かってるでしょ。この二人は今という瞬間を楽しめばいいのよ。彼らの愛が一生続くならそれは奇跡でしょうし、何年か後に別れるとしてもいい経験になる。それは相手のご両親だってフランス人なんだから分かってる。だって、みんなが通る道なんだから。ひとなりは大人しく仕事をしていればいいんじゃない? あなたはきっとこの経験でもう一つ別のいい作品を生み出すことが出来る」
「君の息子だったら? アレクサンドルだったら君はどうする?」
「アレクサンドルだって、きっともうじき、同じような事態になる。親は親で心の準備をしておくタイミングなのよ」
「ありがとう。よく理解できた」
こういう時に持つべきものは友達だな、と思った。リサと少し話が出来て僕は落ち着きを取り戻すことが出来た。はじめて訪れた街を少し散策し、カフェで早めの昼食を食べ、午後はまた宿に戻り、パソコンに向かい仕事をすることになる。この西の街は函館くらいの人口だけれど、歴史があり、フランスにおける西のベニスとも呼ばれている。風土も環境も素晴らしい。学園都市で若者も多いし、パリからやって来たからか、会う人会う人、この街の住人がとても優しく感じられる。

新刊エッセイの執筆に没頭していると、午後、3時過ぎに不意にドアが開き、息子が彼女を連れていきなり帰って来た。「歩き続けて疲れたので、部屋で少し休ませてほしい」と言う。もちろん、どうぞ、と僕は言った。エルザは笑顔で、すいません、とお辞儀をした。ワンルームの巨大なスタジオのようなエアービーアンドビーで、寝室もサロンもキッチンも区切られていない。二人は少し離れたソファに座ってひそひそ話しをしだした。びったり寄り添って、手に握り合って、目を見つめ合って、いや~恥ずかしい、見てられない。仕方がないので、僕は彼らに背中を向けて仕事に集中しようとするのだけど、同じ空間というのがどうも、むずむず、いらいら、むかむかする。外に出たいけど、子供たちだけを部屋に残すのもちょっと・・・。邪魔をしたくないけど、親として厳しさも必要なので、様子を見た。すぐに出ていくだろうと思っていたが、なかなか出ていかない。外が真夏日で、温度が高いせいもある。しばらくすると、息子がやって来て、
「あの、もしよければ三人で夕食できるかな?」
と言い出した。
「え? パパは構わないけど、先方の親の許可をとらなきゃならない」
「許可はもらった」
「パパが直接話をして、OK、と聞かない限りは許可できないよ。君たちは未成年だし、何でも思い通りにやっちゃだめだ」
ということで僕はエルザのお母さんといきなり電話で話すことになった。電話口に出た彼女の母親はとっても物分かりのいい進歩的なフランス人であった。感じがよく、明るく、どこかリサに似ている。ぼくの拙いフランス語にも理解を示してくださり、夕食を一緒に食べることの許可ももちろん心地よくくれた。
「食後、僕が運転をしてお宅まで娘さんを責任もって送り届けます」
「いいえ、それは申し訳ないです。パリからこんな遠くまで来てお疲れでしょうし、この街のことは私たちの方がよく存じていますので、トラムの駅まで指定された時間に主人と迎えに参りますので、そうしてください」
電話での対応がちゃんとしていて、僕は安心をした。こういう親御さんに育てられた子なのだ、と分かった。電話を切り、許可を貰った、と告げると二人は満面の笑みを浮かべて僕の目の前で抱き合った。

近くにあるシックなインドレストランを予約し、三人で食事をしたが、フランス語が下手な僕はずっと一人蚊帳の外であった。二人は見つめ合い、二人きりの世界に浸っていた。まだ子供だと思っていたけれど、大人になった息子が誇らしくもあり、くすぐったくもあり、同時に、調子こきやがって、と頭にも来る。父ちゃんの目の目でこれだけいちゃつけるその度胸は認めてやる。しかし、しかしだ、インドカレーが喉を通らない。この、インドカレーめ!

二人はまだとっても子供であった。ここからはじまる二人の未来を僕は先回りして想像してみた。まぁ、どちらに転んでも、いい思い出だけが残るに違いない、と思った。親も優しいし、この街は穏やかだし、申し分ないじゃないか、と僕は自分に言い聞かせるのだった。そして、こうして、今日、僕が彼らの前にいることも、その思い出の中の一コマになるのかもしれない。それにしても、早くパリに帰りたい、と僕は思った。やれやれ。明日はいったいどうなるの。 
 

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