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滞仏日記「人はなぜサンタになりたがるのか?」 Posted on 2019/12/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、とにかく、サンタがパリ中に溢れている。普通の人がみんなサンタの帽子をかぶるか、或いはサンタの恰好をして、なり切って歩いている。もちろん、ここはカトリックの国なので、あり得る話しなのだけど、それにしても今日、4人ものサンタクロースと道ですれ違った。最初が若い女性で通勤途中であった。その次が午後で、打ち合わせに出かけたら普通のマダムがサンタの上着を着ていた。その直後、警察官に包囲されたサンタを目撃し、夕方、パンを買いに行く途中で若いお兄さんとすれ違った。そこで、ぼくは彼らを捕まえ、突撃取材を試みたのである。

滞仏日記「人はなぜサンタになりたがるのか?」

「すいません、日本のウェブサイト、デザインストーリーズの記者ですが、ちょっと質問をしてもよろしいでしょうか?」
すれ違った時に、後ろ姿を一枚撮影したのだけど、それでは物足りず、呼び止めてしまった。この勇気、どこから出てくるのであろう。
「あ、どうぞ。日本、大好き」
「あ、恐縮です。その、サンタの帽子をかぶっている人があまりに多いので興味を持って。率直に伺います。なんでユーはそんな恰好しているの?」
「え? ああ、これ。今、そういう時期じゃない。だからです」
「でも、あえて、サンタの帽子をかぶることの意味はなんでしょう?」
ちょっとお兄さん、考え込んだ。めっちゃ背の高い人で、実はヘッドフォンをかぶっていたのだけど、写真をせがんだら、ヘッドフォンを外してしまったのだ。じつはヘッドフォンがよかったのだけど、ずうずうしく、戻してとはお願いできなかった。笑。
「そうですね、今、世界ってなんかギスギスしているじゃないですか、憎しみあっていて、テロとか、殺し合いとか、人種差別とか、いろいろあるし。ぼくは個人的にそういう世界が嫌なんです。できればみんなに微笑んでもらいたい。そうですね、微笑みを届けたいから、あえてこういう恰好をしている。敵はいないんだって、知ってもらいたい。せめてこの時期、嫌なことを忘れてほしい。わかります?」
「わかります。どちらかというとぼくもそういう人間です」
「よかった。せっかく同じ地球に生まれたんだから、笑顔って大事じゃないですか?」
「大事です。あの、ぼくはさっきあなたとすれ違った時、嬉しくて、思わず微笑んだ。でも、その理由が知りたかった。自分がなぜ微笑んだのか」
「それはぼくがみんなと違うことしているからじゃないですか、面白かったでしょ? なにかみんなとちょっと違う人って大事だって、知ってほしかった。ちょっとずつ違ってることが、人間らしい素晴らしいことだから。信仰やイデオロギーの違いとか、そういうことで争いを持ってほしくないなって」
ぼくは感動してしまい、何も言い返せなかった。何て、人間は素晴らしいのだろう、と思った。安っぽい考え方と批判されるかもしれないけれど、こういう気持ちを持っている人がいる限り、まだ人間はなんとかなると思ってしまった。

滞仏日記「人はなぜサンタになりたがるのか?」



もう一人はサンタクロースの恰好をしていた。これは午後、ボージュ広場の交差点で信号を渡ろうとしていたら、目の前に出現したサンタさんであった。
「あの、すいません! 写真撮っていいですか?」
するとその人は、頷いたので、ぼくは携帯を取り出し写真をとった。すると、警察官たちが集まって来て、彼を呼び止めてしまった。背中に背負ったリュックサックが気になったらしい。なるほど、テロリストがサンタの恰好をしているってことも考えられるのか! 
ぼくは一味だと思われても困るので交差点の反対側に渡って見守ることにした。でも、危険物は発見されなかったようだ。彼にはインタビューできなかったが、でも、悪い人ではなさそうだった。

滞仏日記「人はなぜサンタになりたがるのか?」

他人を幸せにすることで自分も幸せになる、という考え方は地球に優しいと思う。朝、すれ違った若い女性は明らかに出勤途中だった。あえてサンタの帽子をかぶることで、敵対的世界に抗っているようにも見えたし、せめて生きている間、他人と仲良くしたいという気持ちが溢れていたし、もしかしたら単に受け狙いだっただけかもしれない。しかし、すれ違った無関係のぼくは、たくさんの人間サンタの愛を貰うことが出来た。だからかな、ぼくは今日いつもより笑顔の率が高った。幸せは繋がるのだと思う。あなたが今日、地球のどこかで、幸せでありますように!



滞仏日記「人はなぜサンタになりたがるのか?」

自分流×帝京大学