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滞仏日記「BBCにできて日本のメディアにできないこと」  Posted on 2019/12/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、もはや日本だけではなく、フランスでも伊藤詩織さんの勝訴ニュースがル・モンド紙など各紙で大きく扱われた。この問題は日本で考えられている以上に欧州では大きな話題になっていることは間違いない。とくにお隣のイギリスではBBCがトップニュースに近い扱いをした。なぜ、330万円の賠償だけで済むのだろう、とか、権力側に近いジャーナリストだから逮捕されない、という論調まで、結構辛辣なものも含め、いろいろあって、昨日、カフェの日本贔屓のギャルソンからも、ちょっとあれだけは酷いね、と言われてしまった。日本の男としては残念で仕方ない。インドとかパキスタンからレイプのニュースが届くたびに、酷いなぁ、といつも思っていたけど、伊藤さんの場合は権力者と対峙する一人の若い女性の戦いとして、世界のメディアが日本のメディアが思っている以上にかなり注目していることは事実だ。

滞仏日記「BBCにできて日本のメディアにできないこと」 



最初の頃のメディアからの論調はまるで伊藤さんが嘘をついているような情報がほとんどで、当初、ヤフーニュースのコメント欄には山口氏を支持する政権寄りの反伊藤がほとんどであった。ところが今朝のコメント欄は反山口一色で、この様変わりにまず驚かされた。さすがに、山口氏を応援しきれないと多くの人が判断をしたのかもしれないけれど、プライベートまで晒されたあの状況下で、伊藤さんは本当に頑張ったと思う。普通だったら、権力に屈し、挫折し、泣き寝入りしていたかもしれないのに、この人は負けなかった。それにしても、どうやって戦ってゆくのだろう、と心配していたが、最終的にBBCなど海外メディアからの逆輸入の告発が日本を動かすことに繋がった。英語力がなければできなかったこと、それよりも、芯が強くなければできないことだったと思う。その精神力の強さがあってこその勝利だった。その道のりはものすごく長かった。その間も日本では伊藤さんバッシングが続いていて、ぼくも正直、この件について日本のメディアをどこまで信じていいのか、悩まされた。けれども、決定的に彼女が正しいと思うに至るのは2018年に放送されたBBCのドキュメンタリー「日本の秘められた恥」だった。BBCは最初から疑うことなく彼女の側に立ち、(いや、1%も疑ってないとはもちろん言い切れないが、公平な立場をとりつつも)しかし、緻密に取材を進め、その中で彼女の家族とのやりとり、日常の彼女の考え方や行動力の分析など、外国メディアがやったとは思えないような丁寧な取材を続けた。(ぼくが知りたいのはBBCは何を根拠にそこまで執念したのか、ということだ)なぜ、地球の反対側の国のメディアがそこまでやるのか、やれたのか、とここにもただただ脱帽するしかなかったが、それこそジャーナリズム精神なのであろう。そして、今回の勝訴を彼女が勝ち取った時に、そのドキュメンタリーがどれほど深く、根気強く取材を続けていたのか、という点に驚かされた。いつも思うことだけど、視聴率ばかり気にするわりに、日本にはこういうジャーナリスティックなメディアが根付きにくいのはなぜなのだろう? これからもまだ長い闘いがあるとは思うが、世界のメディアが伊藤詩織さんの味方に付いている限り、そして伊藤さん自身のジャーナリスト根性が折れない限り、どのような権力や圧力が働いても、この勝訴が覆ることはないような気がする。見守りたい。