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滞仏日記「親愛なる友と親しき心(Dear Friens and Gentle Herats)」 Posted on 2020/01/26 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、「アメリカ音楽の父」と言われた19世紀の偉大な作曲家、フォスターの代表曲といえば「草競馬」「金髪のジェニー」「オールド・ブラック・ジョー」「故郷の人々」「おお、スザンナ」など、枚挙にいとまがない。成功の後に彼を待ち受けていたのは貧困と孤独であった。妻子にも見放され、フォスターは晩年マンハッタンのホテルで病を患い、意識朦朧の状態でベッドから起き上がり、洗面所の鏡に頭をぶつけガラスを割り、頸動脈を切って死亡している。37歳の時のことであった。その時の彼の所持金はわずかに38セント。そして彼が殴り書きしたとされるメモだけだった。そこには「親愛なる友と親しき心(Dear Friens and Gentle Herats) 」と書かれてあった。20代だったぼくはこのエピソードにヒントを得て、「ディアフレンド」を作詞作曲した。それを今川勉に最初に聞かせた。

明日(日本時間の今日)、ぼくはパリでソロのライブをやる。ECHOESのドラマー、今川勉が星に帰還したばかりのこのタイミングでのライブ、正直、勉のことを考えないでステージには立てないだろう。昨年の10月12日の還暦ライブが台風19号の直撃(上陸の時間が開演時間)で延期になった。明日、ゲスト出演をしてくれる予定のドラゴンアッシュのメンバーでダンサーのATSUSHI君から先ほど劇場の写真が送られてきた。たまたま、劇場の前を通ったのだとか…。ここなんだ、気合が入る。ぼくにとっては、ある意味、自分の人生を振り返るライブになるだろう。その上で、ささやかな報告がある。

滞仏日記「親愛なる友と親しき心(Dear Friens and Gentle Herats)」

延期になったオーチャードホールのライブはもともとぼくの還暦を祝う「ルネッサンス(再生)」というタイトルだった。これを「ディアフレンド」に変えさせてもらいたい。ECHOESの代表曲の一つ「ディアフレンド」を冠にすることで自分の再生じゃなく、仲間への感謝と仲間の旅立ちへの祈りをそこに託したい。余計な説明はいらない。内容は大きく変わらない。ただ、還暦のお祝いライブという浮かれたものよりも、還暦まで生きることが出来たことへの感謝と、自分より少し先に旅だった仲間への「ありがとう」をそこに込めたいのである。応援してくださった方々全てに、そして、この世界の光りに、祈るように歌いたい。

ぼくは息子に言い続けていることが一つある。一番の財産は友達なんだよ、と。お金やキャリアよりも大事なものが友だちなのである。本当の友だちやライバルがいればどのような過酷な世界であろうとやっていける。でも、友だちが一人もいなければそこは暗黒になる。つねに、親愛なる友よ、という気持ちで生きてほしい。お金は裏切ることもある。でも、本当の友人は裏切らない。もちろん、フランスで親戚もなく生まれてきた孤高の息子は、いちいち細かく説明しなくとも、ぼくの助言の意味を理解している。彼はずっと仲間たちの中で生きてきた。友だちのために生きてきた。いつか、ぼくがいなくなった後、彼に残るのは仲間たちになる。ぼくは彼の第一弾ロケットでしかない。ディアフレンド。いい言葉だと思う。フォスターは、死ぬその瞬間まで、そのことを大事にした。親愛なる友よ、親しき心…。



第一部は、パリでこの18年続けてきた辻仁成の弾き語りの祈りと魂のライブを再現したい。
第二部で、ECHOESのベーシスト伊黒俊彦に登壇してもらい、ドラムには勉の友人であるリンドバーグのチェリーを招いて、一瞬間、ECHOESを復活させる。ギタリストの伊藤浩樹は音信不通なので、もしこのメッセージをみたら連絡がほしい。浩樹、待ってるよ。
第三部は、予定通り、弦楽四重奏やホーンセクションを織り交ぜたソウルフルなライブになるだろう。これまでの自分の音楽人生のすべてを傾けたライブにして、自分に関わってくれた仲間たちへの感謝の宴にさせてもらいたい。もちろん、それはいつも応援してくださっている皆さんへの感謝でもある。ありがとう。まずは、明日のライブを日仏の観客にきちんと届けなければ、それはオーチャードホールへのささやかな一歩になるだろう。

滞仏日記「親愛なる友と親しき心(Dear Friens and Gentle Herats)」

【コンサート情報】 
辻仁成“Dear Friend”
〜60th ANNIVERSARY CONCERT〜

2/22(土)チケット発売。
10/12公演のチケットをお持ちの方は、そのチケットでご入場頂けます。