PANORAMA STORIES

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事 Posted on 2021/02/06 石井 リーサ 明理 照明デザイナー パリ

2020年は私の頭の中では「なかったこと」になっていて、ひさびさデザインストーリーズに投稿しよう、と思い立って過去原稿を調べたら、なんと1年数ヶ月振りになっていたことに気づきました。
この所、日常的にも「1年前」と言ったら、2年前のことだった、というような例が続出しており、私の中では空白の1年ではなく、抹殺された1年になっていることを認識し、我ながら驚いています。
フランスのロックダウンは、それだけ記憶の抹殺力が強いのに、コロナ殺菌力の方は・・・。
そんな暗黒の2020年の間にも、どうにか光を灯すことのできたプロジェクトがいくつかありました。今日はその一つZACルーブル・ピュイズーのお話を。



で、まず、ZACって?
フランスで戦後始まった、いわゆる新興住宅地優先開発計画を引き継いだもので、現在でもパリをはじめとする大都市近郊に計画されつつある、住宅・商業施設・教育・医療設備などを合わせ持った新街区のことです。
ZACはZone d’Aménagement Concertéの略。
私が今取り組んでいるのは、パリ北部シャルル・ド・ゴール空港に近いルーブル(美術館とは無関係)とピュイズーという町に隣接する地区で、この辺りは、殊にサルコジ元大統領が推進した「グレーター・パリ計画」というパリ首都圏を拡大する国家的構想の一部にも該当するため、特に活発な開発が進められている地域でもあります。

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事



もともと素朴な小さな町の隣にある、真っ平らな麦畑だった所に、いきなり何百ヘクタールという土地を見出して、道路を作り、電気や水道などのインフラを引き、街区をデベロッパーに切り売りして、住宅を建て売りすることでファイナンスを確保し、利潤を学校や保育園、公園などの整備に充てるというビジネス・モデルの上に成り立っています。
計画には20年近くかかることも稀ではなく、プロジェクト開始時点では、気が遠くなるような未来の話に思えるものですが、始まってしまうと、やはり都市規模のことですから、そう簡単には開発も進まず調整にばかり時間がどんどん過ぎて、20年でもおぼつかないことすらままあるようです。
ルーブル・ピュイズーのZACも然り。最初の照明マスタープランを作ったのは、2014年のことで、やっと最初の公園ができて、設置された照明の調整に赴くまで、すでに7年掛かっています。
それでも、辺りはまだまだ工事現場の様相色濃く、かろうじて駅から道路が一本伸びたところに、新築の集合住宅が点在している様子は、なんだかSF映画の未来都市のようです。

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事



昨今では、エコロジー構想がこういうところにも浸透してきており、照明も環境に優しいことが求められたり、住宅もエコ設計が売りだったりするのですが、「麦畑を潰して、何がエコなのか?」という私の深いところにある疑問は拭い去ることができないままです。
とはいえ、街の夜景を丸ごと1から作るなどという体験は、なかなかできるものではありませんので、やりがいも否定できません。
SDGsが広く認知され、またコロナで仕事と生活や生きがいなどにパラダイム・シフトが生まれる中、都市の中での照明のあり方について、専門家の間でも活発な議論が繰り広げられているのも事実です。
照明デザインの未来について、いろいろなことを考えさせられるこの頃です。

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事



そんなもやもやした想いを抱えながらも、現場に向かったのは昨年9月のことでした。
殺風景を絵に描いたような(?)新興住宅地の入り口にぽっかりとできた児童公園には、御多分に洩れずエコを意識した木製の遊具などが、場違いな牧歌的風景を作り出しています。
自然を壊してナチュラル素材でエコな遊具を作るという、ひねくれた重層構造は、真夏にクーラーをガンガンかけたスポーツクラブでエクササイズして汗をかくみたいな、極めて強い違和感を感じさせます。
そんな人為的な現象と人工的な構築物を照明するなら、それを逆手にとって、さらに不自然さを極めれば、それはそれで面白い存在感を発揮するのではないか、と考えました。
例えばシュールレアリズムがリアルを超えたが故に特殊な魅力を発揮するように。
そこで、私が施したデザインは、公園をパステルカラーの照明で包み込み、さらに影に色を付けるカラー・シャドー現象を展開する、というものでした。
パステルカラー3色の照明は、木でできた小屋や滑り台などに不思議な国のようなファンタジーを与え、まるでお菓子の家みたいな表情を与えてくれます。
更に、その光の中に足を踏み入れると、自分の影が黒くなくて、別のパステルカラーでできていることを発見できる、サプライズ効果もあります。
このカラー・シャドー現象は、ライトアートの現代美術作家が使う手法の一つでもあり、そんなアーティーな表現を公共空間に持ち出して「みんなのものにする」のも、照明デザインのパプリック・アートとしての役割の一つなのです。

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事

地球カレッジ

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事



モノトーンの住宅街に出現した公園のカラーライトアップは、ミヒャエル・エンデの「モモ」の世界に、チルチル・ミチルを送り込むような試みで、きっと引っ越してくる子供達に喜んでもらえることと確信しています。
もちろん、大人にも。
通勤電車や渋滞に耐えて帰宅する人々は、新しい「我が町」の入り口に広がるワンダーランド照明に、きっと特別な感慨を持つようになることでしょう。
都市照明の命題の第一は「安全」ですが、次が「指標」、そして「アイデンティティー」であることを鑑みると、このプロジェクトに対する一風変わった私の光の解は、このどこにでもありそうなZACに、少なくとも夜だけは目印と個性を与えてくれるのではないかと思います。

パリ郊外の街の夜景を丸ごと1から作るという大仕事

自分流×帝京大学

Posted by 石井 リーサ 明理

石井 リーサ 明理

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Akari-Lisa Ishii
照明デザイナー。東京生まれ。日米仏でアートとデザインを学び、照明デザイン事務所勤務後、2004年にI.C.O.N.を設立。現在パリと東京を拠点に、世界各地での照明デザイン・プロジェクトの傍ら、写真・絵画製作、講演、執筆活動も行う。主な作品にジャポニスム2018エッフェル塔特別ライトアップ、ポンピドーセンター・メッス、バルセロナ見本市会場、「ラ・セーヌ日本の光のメッセージ」、トゥール大聖堂付属修道院、イブ・サンローラン美術館マラケシュ、リヨン光の祭典、銀座・歌舞伎座京都、等。都市、建築、インテリア、イベント、展覧会、舞台照明までをこなす。フランス照明デザイナー協会正会員。国際照明デザイナー協会正会員。著書『アイコニック・ライト』(求龍堂)、『都市と光〜照らされたパリ』(水曜社)、『光に魅せられた私の仕事〜ノートル・ダム ライトアップ プロジェクト』(講談社)。2015年フランス照明デザイナー協会照明デザイン大賞、2009年トロフィー・ルミヴィル、北米照明学会デザイン賞等多数受賞。