PANORAMA STORIES

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記 2 Posted on 2016/11/10 佐藤 カナメ 主夫 オーストラリア・パース

毎朝、長男は学校まで自転車で通い、次男は私が車で送っている。
しかし、それは彼らの気分次第でよく変わる。
長男はもっぱらマウンテンバイクがお気に入りだが、次男はスクーター(日本ではキックボードかな?)か、自転車、徒歩、車での送り迎えのうちどれか。他にはスケートボードで通っている子もいる。

学校が終わると、彼らは家までの10分足らずの間で、頭の中を英語モードから、英語の苦手な父親のために徐々に日本語モードに変換しながら帰ってくる。
しかし、たまにそれが上手くいかないこともある。最近、次男が迎えの車の中で新語を連発した。

学校が終わり、車の横までクラスメートとおしゃべりしながらバカ騒ぎ、そしてドアを開けて父親の顔を見たとたん日本語へチェンジ! だが・・・「あ、パパ、ソメン!」「え?(父親の頭に浮かんだのは「素麺」の2文字)」実はこれはソーリー(sorry)とごめんが混じってソメンだった。
そして、父「さっきの子の家はこの近く?」次男「クカク」父「ん?(区画?)」これはクローズ(close)と言いかけて慌てて「近く」に修正の結果のクカク、さらに、宿題が沢山あるのだから友達の家へ遊びに行ってはいけない、と言われ「デッ~トゥ!」、父「えぇっ?(死!?)」これは、でもぉ~とバット(but)でデットでした。
不思議なのは、言った本人は2秒間くらい気がつかないこと。
そのあと父子で顔を見合わせて「今面白いこと言った!」「上手い組み合わせだね~」などとひとしきり感心する。

日本語の危機、と考える事もできるが、今はうまく2言語間を行き来する練習中なのだ、と考えることにしている。

それに、これも彼らが英語での生活に順調に馴染んでいる証だと思うと、ちょっとホッとしたりもする。
そう、2年と9ヶ月前、オーストラリアの学校へ通い始めた10歳と8歳の彼らは、元気いっぱいに見えてはいたが、今思い返してみるとやっぱり少し心細そうだった。
 

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記  2

オーストラリアでの生活を始めた頃、よく家族で水族館へ行った。

自宅からそう遠くないインド洋に面したボート・ハーバーに、西オーストラリア州立の水族館がある。
その中に家族のお気に入りの場所があった。
それは「Shipwreck coast / 難破海岸」と名付けられた、インド洋の海水がそのまま引き込まれたオーストラリア最大の巨大水槽だ。海底部分に作られたガラスのトンネルの中を、動く歩道で進んでいく。

水槽の中には沈んだ難破船がディスプレイされ、その間を悠々と巨大なサメやエイ、ウミガメが泳ぎ回る。
普段はおしゃべりに忙しい妻や息子達も、そこに入るとしばらく黙って見入ってしまう。
3人とも泳ぐ魚に目をやりながら、ぼんやり物思いに耽っている。

子供たちは、毎日朝と晩にインターネットのテレビ電話で母親と色々なことを話す。
その日の体調や学校での予定、新しくできた友達の話やテスト結果などなど・・・だが、このトンネルでは、子供たちは3週間ぶりに帰宅した母親と沈黙の時を過ごした。
何も話さなくたって、自分たちの横にママはいるのだ。

青白く水槽からさす明かりに照らされながら、家族で何周も海底をまわった。
 

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記  2

さて、この水族館も例に漏れず出口にミュージアムショップが連結している。そして息子達はこれに目がない。水槽を廻る魚のごとく、グルグルと回り続けて終わりがない。
買い物があまり好きではない私は、ぼんやりと店の隅に目をやった。すると何かと目が合った・・・ワニだ。
棚の上の方、明らかにお店の売れ筋人気商品からは大きく外れた場所に、体長3メートルはありそうなワニが、水面から顔を出したその頭の部分だけをリアルに再現した置物が売られていた。
「誰が、こんなものを買うのだ・・・」と思いながら店をひとまわりして元の場所に戻ると・・・ない、ワニがいない・・・。
まさか、と思い後ろを振り返ると、ワニの頭を抱きしめた長男が妻とレジに並んでいる

「き、君が買うのかぁ!」

そういえば、長男は小さい頃から動物番組が大好きで、小学校低学年の頃は「トラは本当にカッコいいね、ぼく、次はトラに生まれ変わりたい」と真顔で言っていたっけ。
それを思い出して、私は無理矢理納得した。
 

英語が苦手な中年パパの西オーストラリア専業主夫日記  2

我が家にやってきたワニの頭部は、長男の部屋の本棚の上の方に置かれた。
部屋に入ると、ワニが「鎮座」してこちらを見下ろしている。
その時ふと思った。
言葉にならない寂しさや不安を抱えた長男は、頼れる何かが欲しくてこれを買ったのではないか。
そうか、これは彼の「守護ワニ」なのだ!

あれから2年。今年の初めに部屋の大掃除をしていた長男が、ワニを廊下のゴミ袋の横に並べた。
私「どうしたワニ?」長男「もう大丈夫。いらなくなった。」「じゃあ、パパが貰ってもいい?」「なんで?」「何となく」「別にいいよ」と言うわけで、ワニは今私の部屋にいる。

さあ、ワニよ、次は私を助けてくれ。
えーと、まず早く楽に英語が上手くなりたいのと、息子達のクラス会でドキドキしないことと、それから・・・
ワニ、頼む!!

Photography by Kaname Sato

 
 

Posted by 佐藤 カナメ

佐藤 カナメ

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Kaname Sato
主夫。プロダクションに籍を置き、テレビ番組をひたすら作り続けて20余年。2013年に退職。2014年に家族とともにオーストラリアへ渡る。妻、息子2人の4人家族。現在は妻が日本で働きながら日豪を往復。本人は英語に四苦八苦しながら、子供の世話に追われる毎日。