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London Music Life 「ひとりで行ったら1000人と歌っていた—UK流カラオケの夜」 Posted on 2025/06/02 鈴木 みか 会社員 ロンドン
ロンドン・カムデンの老舗ライブハウス「Electric Ballroom」で開催された、Massaoke(マサオケ)というイベントに参加した。Massaokeとは、「Mass(群衆)」+「Karaoke(カラオケ)」を組み合わせた造語で、みんなで一緒に歌うことを楽しむライブ形式のイベントだ。
1500人規模のスタンディング会場に集まった観客は、テーマに合わせて90年代のヒット曲を大合唱する。ブリトニー・スピアーズやバックストリート・ボーイズ、タイタニックのテーマ、そして最後はクイーンやオアシスでフィナーレ。誰もが一度は耳にしたことのあるメロディが次々に登場し、そのたびに会場からは「あー!」という歓声とともに、両手をあげて大声で歌う2時間が続いた。
客層は40代前後が中心。会場に入るまでは、皆パーティー仕様なのでは…と少し不安もあったが、実際はジーンズにTシャツ、バッグを斜めがけにした気楽な人たちがほとんどで、カジュアルで居心地の良い雰囲気だった。
ステージでは生バンドがパフォーマンスし、巨大スクリーンには歌詞と共に当時のレコードジャケットが映し出される。1曲のサビまでを歌い終えると、すぐ次のヒット曲へ。間奏や長い前奏で落ち着いてしまうことなく、常に勢いのあるテンポ感が心地よい。知らない曲があっても、飽きる心配もない。
私は今回、一人で参加したのだが、近くにいたポルトガル人グループが「一人で来るなんて勇気あるね!最後まで一緒にいようよ!」と声をかけてくれた。そのおかげで、終始リラックスして楽しむことができた。自分の歌がうまいかどうか、周囲にどう思われるかなんて気にしなくていい。ただ音楽に身をゆだねて、隣の人と目を合わせて笑い合いながら歌う。そんな空間だった。
Massaokeは、もともとロンドンのパブの地下で始まった小さなライブイベント「Friday I’m in Love」が原点だ。最初は印刷された歌詞シートを手に、ピアノ演奏を囲んで歌うシンプルなスタイルから始まり、やがてバンドと一緒に歌う形式へと進化した。徐々にその人気は広がり、大型スクリーンや照明、衣装、フェス規模の演出を取り入れ、今ではイギリス国内だけでなく、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ各地でも公演を行うようになった。
ロンドンでは、日本のようなカラオケボックス文化は少ない。私の知る限りでは日本式のカラオケ店は一件しかなく、代わりにパブのカラオケナイトが定番だ。ただそこでは、ステージに上がって人前で歌わなければならないし、歌う側も聴く側も、お酒の勢いに任せている部分が大きい。Massaokeは、そうした「ちょっと恥ずかしい」要素を取り払い、誰もが歌えるミュージカルのような空間に変えた、ユニークな存在だと思う。
近年ロンドンでは、80年代や90年代をテーマにしたディスコイベントや、中高年層をターゲットにした昼間のクラブイベントなども増えている。9月には大英博物館で、80sテーマのサイレントディスコが開催される予定だという。
思い返せば、私がこうしたイベントに興味を持ったきっかけは、日本に一時帰国した際に、元上司に連れて行ってもらった銀座の老舗ライブハウス「Kentos」だった。そこで、オールディーズに合わせて踊る年上の人たちを見て、「音楽を楽しむのに、年齢は関係ないのだ」と感じた。そして、同じ時代の音楽を愛する人たちでつくる安心感のある空間だからこそ生まれる、生き生きとした表情に、思わず胸が熱くなった。ロンドンでも日本でも、誰もが気兼ねなく、懐かしい音楽とともに過ごせる場所がある。それは、心の健康を支える場でもあるのかもしれない。
Posted by 鈴木 みか
鈴木 みか
▷記事一覧会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。