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London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」 Posted on 2024/02/20 鈴木 みか 会社員 ロンドン

ユーロスターの発着点でもあるキングス・クロス・セント・パンクラス駅から5分ほど歩いたところにリージェントカナルという運河がある。そこに浮かぶ一艘のボートは、「世界の素敵な本屋」にも何度も選ばれている本屋さん「Word on the Water」だ。

London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」



ロンドンの中心地に突然現れる個性的な佇まいに、毎日たくさんの人々が足を止め、本を買っていく。限られたスペースに並べられた本は、シェークスピアから、絵本、最新のミステリーまで様々だ。最近は日本作家の英語版もよく見かけるようになった。一見ランダムに見えるが、店主のパディさんが、今日の空気、世の中の気持ち、通る人たちの様子を巧みに読み取り、並べている。一期一会で出会う本は、来週には同じ場所にはないかもしれない。まるで宝探しのような、わくわくする気持ちを人々に与えている。

London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」

さらにこの本屋さんが特別なのは、船の上で(本屋さんの上で)ライブ演奏が行われていることだ。本を心地よく選ぶことができるよう、ジャズや落ち着いた音楽が多いのだが、これが本屋のお客さんだけでなく、周りでのんびりしている人たちにも憩いを与えている。

London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」

ボートの向かいに座って、コーヒーを片手に一息ついたり、読書をしたり、スケッチを描いたりしている人、スロープの上から景色を見下ろしながら聴いている人もいれば、店の前で踊りだす人たちもいる。自分の好きなように、ゆったりと流れる時間を過ごしている人たちがまた、この場所を素敵にしている。

London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」

作家自身による朗読を聴ける新刊の発売記念イベントや、スポークン・ワード(詩の朗読)のライブなどもある。詩の作者が、その場に居合わせたミュージシャンに数単語でイメージを伝え、即興演奏と共に語られる朗読は、いわゆるラップともひと味違う、文学と音楽の絶妙なブレンドだ。

スポークンワードパフォーマー・詩人・作家であり、イギリス最大の音楽フェスティバル、グラストンベリーのメインステージにも立ったケイ・テンペスト(Kae Tempest)も、かつてこのボート上でライブをしていたという。ミュージシャンたちが冬の寒さに弱気になっていると、店主のパディさんが「ケイ・テンペストは真冬でも、ここでずっとパフォーマンスを続けて、ビッグになったぞー!」と笑って励ますこともある。

London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」



ソーシャルメディアにより読書する時間自体が減っていることや、電子書籍の普及により、独立経営の本屋さんが存続危機にさらされてるのは、ライブハウスと似たような状況かもしれない。それでもロンドンには個性的な本屋さんがいくつも残っていて、電車の中でも紙の本を読んでいる人はたくさんいるし(携帯の電波が悪いのも理由の一つだ)、本との出会いや、手に取って選ぶ、という体験を大切にしている人が多いような気がする。本は今でも誕生日やクリスマスプレゼントの定番だ。

昨日訪れた際には、ボートの前で軽やかなタイプライターの音が聞こえてきた。キーワード3つと名前を伝えると、即興で短いストーリーをタイプライターで書いてくれるという「Flash Fiction」だ。ストリート似顔絵画家の作家版といった感じだ。

London Music Life「文学と音楽が出会う水上の本屋 – Word on the Water」

そんな様子を見ていたら、音楽に合わせて踊っていた女性に「カモ~ン、一緒に踊ろう」と手を取られ、夕暮れ時の本屋の前でぎこちなく踊ることになってしまった。
店主もスタッフも、周りのボートの住人もとても個性的で面白い人たちで、開店から今日に至るまでも、たくさんの心温まるストーリーがある。パディさんも「今度ゆっくり話してあげるよ」と言ってくれたので、またの機会に書きたいと思う。

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Posted by 鈴木 みか

鈴木 みか

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会社員、元サウンドエンジニア。2017年よりロンドン在住。ライブ音楽が大好きで、インディペンデントミュージシャンやイベントのサポートもしている。