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バレンタインデーは ラテン流ほめ殺しの術で Posted on 2020/02/07 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス

バレンタインデーは ラテン流ほめ殺しの術で

ずいぶん前の話になるが、日本で雑誌の編集をしていたとき、ナポリに仕事で行ったことがある。1週間経ち、ふと気づくと、コーディネーターでお願いした若いナポリターナが不機嫌で様子がおかしい。「どうかしましたか?」と聞くと、「私の仕事に不満ですか?」と言うので、「いいえ、順調に進んでいるし、不満はないです」と答えると、「じゃあ、どうしてほめてくれないんですか?」と言われた。その時はとても驚き(そんなこと聞かれたのは生まれて初めてだったし)、「めんどくさいなぁ。ナポリ女め」と思ったけれど、今になって、ようやく彼女の気持ちがよくわかる。「ほめる」というと語弊があるかもしれない。ナポリターナはまだ日本語がさほど上手ではなかったので「ほめてくれない」という言い方しかできなかったけれど、このときの彼女の私への思いを代弁するなら、「このジャッポネーゼったら、私の仕事に満足してるのか、不満があるのか、さっぱりわからないわ。こんなに一生懸命やって、しかもうまくいってるんだもの、いい仕事をしてると思うなら、意思表示してくれたっていいじゃない。これじゃモチベーションもダダ下がりだわ」ということだったのだと思う。日本人はほめなさすぎなのだ。

バレンタインデーは ラテン流ほめ殺しの術で

南仏はメンタリティ的にはイタリアと同様、100%ラテンなので、この感覚はプロヴァンスに暮らして初めて理解できた(同じフランスでも他の地方がどうなのかはわからない)。「言わぬが花」の日本にいては到底理解できなかったことの一つだ。ユーモアとほめ殺しのセンスがなければ、ここでは生きていけない。国鉄の切符売り場でさえ、お客のほうが窓口の人に「あなたのようにスムーズに迅速に対応してくれる人はそうそういないよ。本当にありがたい!今日はなんて幸運なんだ!ありがとう、本当にあなたはすばらしい」なんて大声で大げさに言っていたりして驚くが、周りを見渡しても目を剥いている人がいないところをみると、これがここでは普通なのだ。人間、誰しもほめられて嫌な気はしない。こんなふうに言われると、つい、いつもよりテキパキ仕事もしてしまうだろうし、笑顔も通常の200%増になるに決まっている。そういえば、フランスに最初来たとき、まずいちばんに驚いたのは、「メルスィ(ありがとう)」という言葉を私たち日本人よりずっと頻繁に使うことだった。

バレンタインデーは ラテン流ほめ殺しの術で

ビジネス上でも、相手の仕事に満足すれば、それを率直に伝えるのが普通だ。フランス人は個人主義といわれるが、チームワークをとても大切にする人たちでもある。だからやっぱり、ユーモアとほめ殺しのセンスがモノを言う。いい雰囲気で、楽しく仕事をし、最後には「困難な仕事を無事終えることができたのはあなたのきめ細やかなアドバイスとお人柄のおかげ。本当にありがとう。今度食事でも一緒にどうですか?」というふうに、食事に誘ってさらによりよい人間関係を作っていくことも多い。
私自身は昔から口下手だが、最近はフランス人を見習って努力をしている。日本人からは「そんなにほめたって、何も出てきやしませんよ」なんて言い返されてしまうが、でも、有料だろうが無料だろうが、何かしていただいたことに対して、どれだけありがたかったか、助かったか、うれしかったか、感謝しているかを心を込めて伝えるのは、礼儀ともいえる。お金がすべてではない。相応の支払いをしているのだから、いちいち改まって感謝の気持ちを述べたり、相手の優れた点を表明する必要などないというのは冷血人間の考えであろう。人間関係はギシギシ軋んでいるよりスムーズなほうがいい。そう、ほめ言葉は人生の大切な潤滑油なのである。

バレンタインデーは ラテン流ほめ殺しの術で

先日、私の相方のダヴィッドが出張中、口には出さないものの仕事のことで落ち込んでいる様子が電話口から感じられたので、「あなたは他の誰にも真似できない唯一無二のコーディネイターだし、みんなもそう思っているはずよ」とメッセージを送った。「そう言ってもらえると、心が温かくなる。長くこの仕事をしているけれど、日本人は仕事の成果について何も言ってくれない。時々、本当に稀でもかまわないけど、一緒に仕事をしている人からほめられることは必要だ。やる気も出る。なにより、いい仕事をするにはコミュニケーションが必要なんだ。これでOKと確認できなければ、疑問ばかりが湧いてしまう」と返事がきた。まさに20年前のナポリターナ再来である。10年日本に暮らした超親日派の彼でも、フランスと日本の違いにいまだに戸惑うことが多いとみえる。

どちらが正しいと言えることではないけれど、ほめるのはタダ。心にないことをいう必要はないが、思っているなら、言葉にしてみたらどうだろう。まずは身近な相手から。バレンタインデーはその習慣を始めるチャンスだ。「愛してる」だけでなく、あなたのこんなところやあんなところは最高だし、そんなあなたと一緒にいるのを心から誇りに思うし、本当にあなたって世界でいちばん素敵な人だと思うわ!なんて、言われたら、どんな高価なプレゼントよりうれしいはずだし、あなたのことをもっと好きになってくれること間違いなし。だまされたと思って、お試しあれ。



Posted by 町田 陽子

町田 陽子

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Yoko MACHIDA
シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら執筆を行う。ショップサイトvillamontrose.shopではフランスの古き良きもの、安心・安全な環境にやさしいものを提案・販売している。阪急百貨店の「フランスフェア」のコーディネイトをパートナーのダヴィッドと担当。著書に『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』『南フランスの休日プロヴァンスへ』