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日常と、疲れた自分から離脱したい人に効くクスリ、あります。 Posted on 2017/07/07 町田 陽子 シャンブルドット経営 南仏・プロヴァンス

日常と、疲れた自分から離脱したい人に効くクスリ、あります。

プロヴァンスでは、気温が真夏レベルに達したところで、いっせいにセミたちがシャン、シャンと歌い始める。
そう、こちらのセミは歌うのである。その軽やかな歌声が誰からも愛され、フランスではセミは夏の人気者だ。清涼飲料水や洗濯用洗剤のTVコマーシャルのバックコーラスに採用されるくらいである。フランスでのセミの北限はプロヴァンスなので、南仏にしかセミはいない。

「セミ=南仏=ヴァカンス」というポジティブなイメージの連鎖があるのだろう。小型で鳴き声もかわいらしく、土産物屋にはセミ・グッズがずらりと並んでいる。

そのイメージ通り、セミが歌えば、プロヴァンスはヴァカンスの季節到来。北からマルセイユへ南下する高速道路A7は渋滞し、浜辺はどこもいっぱい。私が暮らしている町も、マルシェの日などは歩くのも困難なほど町中が混み合う。
 

日常と、疲れた自分から離脱したい人に効くクスリ、あります。

数日前、隣の家のおじさんがうれしそうに声をかけてきた。

「明日から出かけるよ」
「ヴァカンスですか。いいなぁ。 どちらへ?」
「さぁ。とりあえず、西へ」
キャンピングカーを持っている彼らには、 あらかじめ行き先を決める必要などないらしい。
「で、いつまで?」
「さぁて、どうかな」と首をかしげている。

あぁ、ヴァカンスの真髄がいまだにつかめず、野暮な質問をしてしまう自分が我ながら嘆かわしい。行き先も、期間も決まっていないのが、真のヴァカンス、というわけだ。なんと、贅沢な。

ところで、シエスタというのは、夏の昼寝の習慣だが、南仏で暮らしていると、その必要性がよくわかる。日中、歩き回っているのは観光客だけで、土地の人は暑い時間帯はじっと家の中で動かない。昼間の畑には人っ子一人いないし、夏トリュフを採りにいくのも、犬がかわいそうだからと日が昇る前にしか行かない。
そして、いよいよ最も暑い真夏がくれば、昼寝のみならず、長期間で肉体をエコモードにし、静かに体を休めるのである。

ちなみに、ヴァカンスのさらなる長期版がリタイアであろう。年齢とともに体力が落ちてきたら、人生は休息ゾーンに入る。
こないだ、相棒ダヴィッドの父親に「リタイアってどう? 楽しい?」と聞いてみたら、65歳の彼は満面の笑みで「最高」と答えた。

ヴァカンスを1ヶ月も2ヶ月も悠々と楽しめる人は、充実したリタイアメントがおくれるだろう。
私など、いまだに1時間シエスタするのにも罪悪感を感じてしまう。ここにいると、自分がどれだけ貧乏性なんだと嫌になる。やれやれ。
 

日常と、疲れた自分から離脱したい人に効くクスリ、あります。

フランスでは年5週間の有給休暇が労働者の権利、なんて話をすると、それはフランスの伝統であって、しょせん日本とは土壌がちがうでしょ、と言う人が多いが、じつは意外とその歴史は新しい。19世紀から20世紀にかけては、あくまでヴァカンスはお金持ちの特権だった。
1936年に初めて年2週間の有給休暇制度“ヴァカンス法”が法律化されるも、本格的に庶民もヴァカンスをとるようになるのは、経済が成長して自家用車が普及する1960年代以降のこと。56年に3週間、69年に4週間、82年には5週間と、期間が延びていくのもその頃。

有給休暇は5月1日から10月31日の間に4週間とることになっている。4週間の休暇なんて支出も相当なものだろう、フランスはきっと給料もいいにちがいない、と思うかもしれないが、平均年収は高くもなく(26700ユーロ/約340万円)、私の実感からいえば物価は高い。税金は高い。出生率も高い。

しかし、フランスでは、お金がないならないなりに休暇は楽しめる。高速道路でも、家財道具を車に詰め込み、家族も犬もぎゅうぎゅう詰めで移動する人たちがたくさんいる。 週単位で借りる格安のキッチン付き宿泊施設もあれば、若者用のユースホステルもキャンプ場も多種多彩。そして、一番利用が多いのは、無料で泊まれる家族、親戚、友人の家。

フランス人は、見栄をはらない。倹約は、美徳である。
 

日常と、疲れた自分から離脱したい人に効くクスリ、あります。

改めて、ヴァカンスはレジャーでも、旅でもないのだと思う。一時的に日常から離れた場所で暮らす休息期間なのだ。がんじがらめになっている仕事や人間関係やルールなどから自分を解放して、ココロと身体をひたすら休ませる期間をヴァカンスと呼ぶ。そうして自分らしさを取り戻し、生まれ変わり、また9月から新しい1年を始める。
そう、セミと同様、人間も不要なものを脱ぎ捨て脱皮することで、羽を得ることができる。

南仏で宿をやっている私たちは、夏に長期休暇をとるのは難しいのだが、それでも、夏の終わりは休むことにしている。それもまた、次の仕事への大切な時間だし、頭が空っぽになっている時のほうが、意外といい考えが生まれたりもする。
今回は、私は日本の家族に会いに行き、ダヴィッドはスイスへ幼馴染に会いに行く。仕事もプライベートもつねに一緒の私たちにとって、相棒と離れることは、まさに日常からの離脱!
夫婦間にも必須なリフレッシュ期間である。
 

日常と、疲れた自分から離脱したい人に効くクスリ、あります。

プロヴァンスの夏のダイヤモンド。朝堀りトリュフ。

 
 

Posted by 町田 陽子

町田 陽子

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Yoko MACHIDA
シャンブルドット(フランス版B&B)ヴィラ・モンローズ Villa Montrose を営みながら執筆を行う。ショップサイトvillamontrose.shopではフランスの古き良きもの、安心・安全な環境にやさしいものを提案・販売している。阪急百貨店の「フランスフェア」のコーディネイトをパートナーのダヴィッドと担当。著書に『ゆでたまごを作れなくても幸せなフランス人』『南フランスの休日プロヴァンスへ』