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パリで映画を撮るということ、日本人監督・畑明広が語る、異国での創作と挑戦【前編】 Posted on 2026/01/31 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ

フランス映画界で着実にキャリアを築いてきた日本人監督、畑明広氏。初の長編映画『グランシエル』が、2025年のヴェネツィア国際映画祭でワールド・プレミア上映され、映画専門誌などから高い評価を受けている。そして、2026年1月21日よりフランスで劇場公開された。予算規模400万ユーロ(約7億円)という、新人監督のデビュー作としては異例の大作を実現した背景には、フランス独自の映画支援システムと、20年以上にわたるパリでの積み重ねがあった。(聞き手、ウエマツチヱ)

・多言語・多文化への憧れから
畑監督がフランスを選んだのは、直感的な選択だった。
「映画を勉強するなら、アメリカかヨーロッパか。ヨーロッパを選んだのは、人種、言語、文化が多様だから面白そうだと思ったんです」
9歳の頃、家族でベルギーに住んだ経験も、ヨーロッパへの親近感を生んだ。
日本の大学に数か月だけ在籍した後、パリ第一大学へ。国立映画学校フェミスで学び、本格的に映画の道へ進んだ。だが、駆け出しの頃は、字幕制作、結婚式のビデオ撮影、ワイン店勤務など、様々な副業を掛け持ちしながら短編映画を撮り続けた。

・フランスだからこそ実現できた400万ユーロ
そして15年ほど前、学校の同級生だった、フランス人プロデューサーと二人で制作会社を共同設立。
「お金の使い方も一緒に考えられるし、場合によっては自分の給料を返上して、その分を制作費に回すこともできる」
透明性のある関係が、創作を支えた。
デビュー作で破格の予算を実現できたのは、フランス独自の映画支援システムのおかげだ。国立映画センター(CNC)の助成金、テレビ局、地方自治体、配給会社、投資家など、多様な資金源が映画を支える。特筆すべきは、フランスで上映される全映画のチケット代から11%がCNCに入り、再び映画制作支援に回る仕組みだ。フランス国外でつくられたハリウッド映画が大ヒットしても、その一部がフランスの若手監督育成資金になる。
「日本の映画関係者からは『どうやってこんな金額を集めたんだ』とよく聞かれます」
パリの中心地、レ・アール地区にあるUGC映画館は、27スクリーンを持つ世界一の動員数を誇るシネコン。こうした映画文化の厚みが、フランスを「映画大国」たらしめている。

・「文化の解像度」を上げる努力
しかし、フランスで日本人が映画を撮ることには、言語以上の壁がある。「文化の解像度」とでも呼ぶべき、細やかな生活感覚の理解だ。
『グランシエル』は新都市開発の工事現場で働く移民労働者たちを描いた作品。これまでも畑監督は、社会で透明な存在として扱われる人たちの厳しい現実と残酷な矛盾に、光を当てることをテーマにしてきた。徹底的に現場へ足を運び、労働者たちと対話を重ねた。
「相手を理解する努力を欠かさない。そうしないと、どうしてもズレが生じてしまう」
畑監督が最も大切にしているのは、描いた対象の人々に作品を見てもらい、「これは自分たちの物語だ」と思ってもらえるかどうかだ。当事者たちに見てもらう時がいつも一番緊張するという。
試写会で工事現場の労働者たちからは「本当にこんな感じだ」という声が相次いだ。映画には建物が巨大な生き物のように呼吸するファンタジー要素もあるが、現場を知る人々は「全然ファンタジーじゃない。工事現場って本当にあんな感覚になる」と口を揃えた。

・日本とフランスの架け橋として
現在も畑監督は、自身の制作会社を通じて、日本の撮影隊がフランスでロケをする際の現地コーディネートも手がけている。例えば、木村拓哉氏主演の映画『グランメゾン・パリ』では、現地プロダクションとして全面サポートした。
「日本とフランスの架け橋として力になりたい」と語る。
次回作は日本を舞台にした企画が進行中。今の日本社会が抱える、誰もが気になっている問題をテーマにした物語になるという。20年の歳月をかけて手にした初長編。畑監督の挑戦は、まだ始まったばかりだ。
【後編に続く】

posted by ウエマツチヱ


