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畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】 Posted on 2026/02/06 ウエマツチヱ プロダクトデザイナー フランス・パリ

畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】

 
フランス映画界で着実にキャリアを築いてきた日本人監督、畑明広氏。初の長編映画『グランシエル』が、2025年のヴェネツィア国際映画祭でワールド・プレミア上映され、2026年1月21日よりフランスで劇場公開され、映画専門誌などから既に高い評価を受けている。工事現場を舞台にした初長編映画で、畑明広監督が追求したのは徹底的なリアリズムと、そこに潜むファンタジーの共存だ。音響や、照明に至るまで、細部へのこだわりが詰まっている。

・照明は工事現場の機材のみ

撮影で特徴的だったのは、映画用の照明機材を一切使わなかったことだ。
「工事現場のシーンは、全て現場で使われている照明だけで撮りました」
フランスでよく見かけるリボン状のLEDライトや工事用投光器が、夜の現場に独特の雰囲気を生み出す。
 

畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】

 
撮影はパリ近郊に実在する、3つの工事現場を使い、労働者が帰宅した夜に行われた。
「映画では深夜勤務という設定ですが、フランスでは騒音問題から夜間工事はほとんど行われません。ですが、深夜労働というものは存在するので、そういう人たちの生活を描きたいと思いました」
映画用照明を持ち込むと毎日撤収と設置を繰り返す必要があったため、現場の機材をそのまま活用。この制約が、かえってリアルな雰囲気を生んだ。
 



 
・工事現場の鳴き声が響く

音響デザインにも強いこだわりがある。映画の中で印象的な不思議な低音は、実はクジラの鳴き声がベースだ。

「工事現場って、巨大な楽器のような構造なんです。鉄骨の枠組みで中が空洞だから、音が響く。夜、現場を歩いていると、本当に変な音が聞こえてくるんです」
クジラの鳴き声に着目したのは、工事現場の「呼吸」に似ていると感じたからだ。
「あの音のボリューム感、広い空間で響く感じ。内臓の中にいるような感覚を表現できる」

音響担当者は、クジラの鳴き声をベースに様々な生き物の音を重ね合わせた。
「人工的な音ではなく、本物の生き物の音を使うとリアルさが違う」
試写会で工事現場の労働者たちも「こういう音、本当に聞こえる」と証言した。
 

畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】

 
・建物が生き物であることの「リアル」

映画の中で、建設中の巨大ビルはまるで生き物のように呼吸し、登場人物たちを飲み込んでいく。このファンタジー要素について、観客の反応は二分した。

「日本人にとって、建物や場所に魂が宿るという感覚は自然なもの。八百万の神という考え方がある。でも、ヨーロッパでこれを説明すると、『ファンタジー映画なんだね』と言われてしまう」
興味深いのは、この同じ作品を日本の俳優で日本語で撮っていたら、フランスの観客でも違和感なく受け入れただろうという点だ。
「『日本映画』というマインドセットで見れば、その世界観は受け入れられる。でもフランス語、フランス人俳優だと、異物として感じられてしまう」

それでも畑監督は、この表現にこだわった。
「映画の前半から、この主人公はハッピーエンドを迎えないだろうという空気を出している。どこへ向かっているかは分かる。その過程を描きたかった」という。
思いがけない結末や、どんでん返しを期待する観客は戸惑うかもしれないが、ヨーロッパの映画文化に親しんだ観客には、この語り口は自然に受け止められる。
 

畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】



 
・社会で「見えない存在」にスポットライトを

畑監督が一貫して描いてきたのは、社会の中で「透明な存在」として扱われる人々だ。原発の清掃員、農業労働組合、そして今回の移民労働者たち。

「子供の頃から気になっていたんです。駅のトイレを掃除しているのが、いつも高齢者だったこと。本来なら若い人がやるべき仕事なのに。あの人たちが突然いなくなっても、誰も気づかないんじゃないか、と」
工事現場のガードマンや交通整理員も同じだ。

『グランシエル』で描かれるのは、富裕層のための高層ビルを建設する労働者たちだ。彼らはモデルルームを見学し「いつかここに住めたら」と夢見るが、その収入では決して手が届かない。家族のために働けば働くほど、家族と過ごす時間は失われていく。

カタールのワールドカップでは、競技場建設のために約3000人の労働者が亡くなったと言われる。
「自分が観戦できもしないスタジアムを作るために、命を落とす。この矛盾は、あまりにも残酷です」
日本で幼少期から「社会に透明化される人々」に強い違和感を抱いていた視点が、フランスでも移民労働者に自然に接続され、国が変わっても問題構造は同じであることに気づいた。作品のテーマは一貫して「見えない存在への視線」だ。
 

畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】

 
・芸術は無駄なものではない

最後に、畑監督はDesign Storiesの読者へのメッセージとして語った。
「今、世界中で効率性や生産性ばかりが求められ、芸術にお金が出なくなっています。無駄なものだと思われがちだけど、芸術は人生を豊かにする。本当にそう信じています」
映画は存在するだけで政治的だ。なぜこれが作られたのか、なぜこう描いたのか。考えることで、私たちの視野は広がる。
「こういう時代だからこそ、みんなで芸術を応援してほしい」と畑監督は訴える。

次回作は日本が舞台。今まさに日本が直面している、多くの人が関心を寄せる社会問題をテーマにしたサスペンス映画になる予定だ。フランスで培った「見えない人々」への眼差しは、日本でどう結実するのか。期待は高まる。

【前編を読む】
 

畑明広監督が語る映画制作へのこだわり。工事現場という「生き物」を描く【後編】

自分流×帝京大学



posted by ウエマツチヱ