ノルマンディ、ツジ村便り
辻村だより、12 Posted on 2025/12/29 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
生きるのは大変ですな。なんにもしていなくても、なんか降りかかって来るものが人生というものです。
今日も「辻村だより」にご相談のおたよりが届いております。
さっそく、読んでみましょう。
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匿名希望Kさん
「辻さん、わたくし、10歳と12歳の兄弟の母親をしています。けっこう、大変な日々です。夫はいますが、仕事で疲れて帰って来るので、あまり、子育てまで手が回らない感じです。辻さんはシングルファザーをされていましたが、子育てが辛いと思ったこと、やめたいと思った時に、どうやって乗り越えていらっしゃったのかな、と。下世話なことを聞きたいわけではありませんが、辻さんの息子さんも立派に大学生になられ、どうなんでしょうか、振り返ると子育て人生は辻さんにとって、どうでしたか? わたしのように現在まさに子育てまっさかりの人間に何かアドバイスをしてもらえるとありがたいです。時々、子育てを放棄したくなることもあるんです」

おこたえしまーす。
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「衝撃的な発言をさせてもらいますが、ぼくはみなさんが思っているようないい父親ではありませんでした。もちろん、頑張って主夫をやっておりましたが、どっか意地のようなものもあって、だから、息子も、あの当時、心の中でぼくのことをどう思っていたか、まだ、よくわからないんです。あの子が、40歳くらいになったら、こそっと聞いてみようと思います。だから、怖くて、ふりかえることもできませんでした。先日、息子の同級生のお父さん、ロベルトさんとカフェで待ち合わせたんです。そして、懺悔するように、「自分が父親として失格だったこと」を伝えました。エッセイ集で息子とのことを書いておきながら言うのも変ですが、生きるのが辛く、死にたくなったこともあります。あなたと同じように、子育ても家事も放棄したくなったことがあります。だから、ロベルトに、正直に話しました。そして、いろいろとあった現在、自分はいい父親ではなかった、親として恥じている、と彼にうちあけたのです。ロベルトと息子はとっても仲がいいので、息子もぼくに言えないことをロベルトには話しています。親戚みたいな関係です。幼稚園の頃からぼくら親子を支え続けてくれた、もしかしたら、ぼくがいたらない部分を彼は理解出来ているのじゃないか、と思ったのです。まさに、懺悔みたいな感じでした。結果からいうと、「恥じるなんて言わないでくれ。親はみんな同じだ」という意見が戻ってきました。でも、なんででしょうね、その言葉に救われた気持ちになったわけです。ぼくは作家だし、たくさん本を書いてきましたから、自分の弱みを人に見せたことがありません。シングルになった時も、歯を食いしばって、とにかく、とりつかれたように父親を頑張っていました。毎日、お弁当をつくり、ご飯をつくり、二人で旅をしたり、でも、ぼくはダメな父親だったんじゃないか、と最近、よく思うようになるんですよ。子育ては今現在もまだ完璧とは言えないですし、どっちかというとぼくはベストな父親ではなかった、とい激しい反省と後悔ばかり。あの、でも、人間ですからね、そんなものじゃないでしょうか? こんなぼくが言うのもおこがましいですが、その、放棄したくなるのは当たり前ですよね。ぼくの場合、ぼくひとりだったのと、親戚も親も日本でしたから、完全な放棄は出来ませんでした。だから、無理をしていたと思います。今、振り返ると、あれは単なる意地で、本当に立派な父親ではなかった、と息子に申し訳ない気持ちが山ほどあります。でも、でもですよ、それが人間だろう、とぼくは自分に言い聞かせて、息子と会っています。先日もクリスマスの直前にノルマンディまでガールフレンド君と会いに来てくれたんです。よく会いに来てくれます。彼も、いい息子でいなきゃ、と思っているのかもしれないな、と思う瞬間がありました。そして、イブの朝に帰っていきました。クリスマスの日に、バイトが入ってしまい、一緒に過ごすことが出来ませんでした。駅まで送って、じゃあな、と言いました。寄り添う二人の後ろ姿を見ながら、息子が10歳の時のことを思い出しました。そうです、ちょうど10歳の時でした。ぼくがシングルファザーをはじめたのは・・・。息子はもうすぐ22歳です。長い年月が経ちましたね。その間に、いろいろなことがあって、でも、なんとか、父子の関係を保っていますが、先ほど、書いたように、ぼくでよかったのか、これでよかったのかなぁ、と悩まない日はないんです。信仰がないので、頼るのは友だちだけでした。「大丈夫だよ、みんなそうだよ」とロベルトが言ってくれました。その言葉を、あなたに、今日、ぼくからプレゼントさせてもらいます。大丈夫ですよ。きっと、大丈夫です。時々、手抜きをしてください。そして、無理しないで頑張ってくださいね。えいえいおー」


辻仁成展覧会情報
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2026年の1月、パリの日動画廊で開催されるグループ展に参加します。
1月15日から3月7日まで。ふえまして、12作品の展示となりました。フランス人巨匠も参加するグループ展だそうです。
GALERIE NICHIDO paris
61, Faubourg Saint-Honoré
75008 Paris
Open hours: Tuesday to Saturday
from 10:30 to 13:00 – 14:00 to 19:00
Tél. : 01 42 66 62 86
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それから、8月前半に一週間程度、東京で個展を開催いたいます。
今回のタイトルは「鏡花水月」です。(予定)
タイトルは突然かわることがございますので、ご注意ください。
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そして、11月初旬から3週間程度、リヨン市で個展を開催予定しています。詳細はどちらも、決まり次第、お知らせいたしますね。
お愉しみに



