ノルマンディ、ツジ村便り
辻村だより、20 Posted on 2026/01/15 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
ちょっと体調が悪く、というのも、忙しいからだと思いますし、スクワットをし過ぎてるからかもしれません。笑。ほどほど、と言うのは実に難しいですな。
毎日、コツコツ、とものごとを進めるのがベストなんですが、この年になっても、それが出来ない熱血父ちゃんであります。
はい、今日のご相談というか、質問は人生についての短い問いかけがございましたのでご紹介いたします。
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匿名希望Rさん
「単刀直入な質問ですが、辻さんは人生というものをどう考えていますか?」
おおお、短いのに、深すぎる問いかけでございますねー。

おこたえしまーす。
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「人間がこの世界で生きていくことを、世の中的には人生とまとめて呼んでおりますが、この人生というものほど厄介な概念はありませんね。そして、また、その人生の半ばにいる者として、これが人生であると言い切ることもまだ出来ません。けれども、死んでから分かっても遅いので、人間は年齢を重ねながら、それぞれの人生をそれぞれの方法で習得していくのだと思います。
で、小生、小学生のころに、よく考えておりました。「人生」っていう言葉はどうやって出来たんかな、と・・・。昔から、理屈で生きていたので、よく漢字の分解とかして、遊んでおりました。
「人が生きる」ものが人生なんだろうなって、ある日、決めつけたんです。ところが、中学生くらいになりますと、「人が生きる」からじゃなく「人は生きる」から人生になるんだ、と思うようになります。何が違うのか、わかりませんが、「が」と「は」の違いは大きい、と思いました。で、高校生くらいになりますと、「人を生きる」ことの大切さが人生を豊かにするんだ、と思うに至るんですね。面白いですよね。そして、大学生のころになって「人も生きる」のだから、周囲との調和が人生の重要な要素だと気が付くに至ります。で、バンドをはじめるんです・・・。
図式にしますと、
人が生きる
☟
人は生きる
☟
人を生きる
☟
人も生きる
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小生が子供のころ、小生がめそめそしていると、母さんに「ひとなり、だれの人生だよ」とよくカツを入れられました。この教えが、その後の小生の「人生とどう向き合うか」の基準になるわけです。「だれの人生だよ」はもう、随分昔から、日記やSNSで小生が言い続けてきた言葉ですが、母親から教えられた言葉でもあります。
「自分の人生だろ。なのに、なんでそんなに自分をないがしろにするとか」
その通りですね。
「自分のたった一度の人生なのに、なんでそがん雑に生きとるとか」
その通りですね。
つまり、人生というものは、その人のものだということを母が教えてくれたんです。数えきれないほどの人間がこの世にはいますが、その一人一人に人生があります。そして、すべての人が「だれの人生だよ」と思っていいわけです。
ふりまわされ、バカにされ、ないがしろにされ、無視され、下に見られ、人間として踏みにじられるなら、毅然として自分を主張してください。それがあなたの人生なのだと思います。ぼくの人生なのです。
自分を強く持つこと。そして、それは唯一無二のものじゃないでしょうか。
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。

辻仁成展覧会情報
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日動画廊パリでのグループ展、はじまりました。3月7日まで。父ちゃん以外は、フランス人のアーティストです。
GALERIE NICHIDO paris
61, Faubourg Saint-Honoré
75008 Paris
Open hours: Tuesday to Saturday
from 10:30 to 13:00 – 14:00 to 19:00
Tél. : 01 42 66 62 86
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それから、8月初旬に一週間程度、東京で個展を開催いたいます。
今回のタイトルは「鏡花水月」です。
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そして、11月初旬から3週間程度、リヨン市で個展を開催予定しています。詳細はどちらも、決まり次第、お知らせいたしますね。
お愉しみに!
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そして、電子書籍で「海峡の光」が配信されております。文学の方もどうぞ。
☟
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