ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口、「われ思うゆえにわれあり」 Posted on 2026/02/13 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
日々、老化と闘う男です。
瀬戸内先生が生きていた頃に、認知症を恐れていらっしゃって、確かに作家にとって、認知症は致命的だなと思ったことがあります。先生はずっと明晰でしたが、果たしてぼくはどうだろう。でも、この考えることは、脳が損傷をしても、脳がとまるまで、なんらかの信号を送っているのであれば、それは思考している、と言えるのじゃないか、と最近のぼくは思うようになりました。
はい、今日も、窓口を開きます。
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匿名希望Tさん
「辻さん、われ思うゆえにわれあり、という言葉がありますが、哲学のような難しいことを問うつもりもないし、そこまで深くはわかりませんが、でも、自分が生きていることの証明を知りたいというのはあります。辻さんは、デカルトの残したこの言葉をどう読み解いていいらっしゃいますか?」

おこたえしまーす。
「思考が存在証明だと言ったのはたしかに哲学者デカルトです。「われ思うゆえにわれあり」というのを目にしたり、聞いたりしたことのある人も多いでしょうが、デカルトが17世紀、「方法叙説」の中で言ったわけです。あらゆるものを疑ってみて,その結果、実は、今、こうやって考えている自分は何ものかでなければならない、というような、ある種の到達点に辿り着き、この名言「われ思う,ゆえにわれ在り」が生まれましたね。
仏語だと、「je pense,donc je suis」の命題に到達したわけです。哲学の基礎みたいなものを発見というか、提言したわけでして、その後、この哲学的命題は様々な意見(反論かな)がそこから生まれて、デカルトが提唱した「思考することが存在の証明」というのは違うというのが現在の哲学的思考の主流の一つになりつつある、ということでしょうか。
じゃあ、ツジ、お前はどう思うんだ、というのが今日のご質問ですが、
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「われ思うゆえにわれあり」という日本語がそもそも、哲学風で難しくなっちゃっていますが、オリジナルは、かなり、シンプルで、
「je pense,donc je suis」
つまり、「私は考える、だから、私は〈ここに〉いる」となるんですね。
思考するから、自分がここにある。しかし、よく考えてみてください。人間の思考って、その人がどういう環境に置かれて、どういう影響を世界から受けているかで、思考そのものが、オリジナルとは言えない場合もあります。或いはオリジナルの思考が影響を受けて歪む場合もあるのじゃないか、・・・。
デカルトは「いや、それでもそれは思考のオリジナルだ」というかもしれない。でも、環境や状況によって自分の思考はなにがしかの圧力を受けることになるから、思考したからこそ自分がいる、と言い切っていいのか、ちょっと分からないですね。デカルトの考えに疑問を唱える人たちは、こういう理由で、この命題を研究中なんだと思います。
それを受けて、ツジが思うのは、何度も、ここで言っていますが、そもそも、死も生もないのじゃないかとぼくは人間の一生を想像していまして、つまり、生まれた時を誰も見てないし、死ぬときを誰も知ることがないから、なんですが、なぜ生死を人間が思考するのか、というと、周囲で誰かが死んだりするので、教科書に書かれていたり、親が教えるからで、結果、死が概念化して、そうだと思い込んでいるだけで、実は、死ぬ瞬間が不明であるならば、自分の死は、第三者によってのみ知られることで、第三者ではない自分が自分の死を認識することは不可能なんです。それは誕生の瞬間も一緒でビデオで撮影されたものを見たりして、なるほど、そういうことか、と思うんですが、実際に目で見てその自分が生まれ出る瞬間をはっきり認識することは人間には不可能なのです。ですから、明確な生死が証明出来ない、ということになると、あるのは常に今のこの瞬間ということになって、それはつまり、自分の存在を証明しているのは、やはり今現在の自分の思考、ということになるのじゃないか。今、こうやって自分がどうでもいいことを考えていること・・・、だから、自分がここに在る、と言ったデカルトの命題は、ツジは、それでいいんだと思っています。ただ、一つ、反対意見に同調出来るのは、この「思考」という言葉、「pence」というものをどこまで限定するか、でしょうね。思考にもいろいろとあり、ぼくが認知症になったら、このようなことは考えられなくなるのでしょうから、そういう、ひとくくりに出来ないものが「思考」の正体であることを付け加えておきます」


はい、ということで、思考は続きますが、その一方で、今年の主なイベント情報がこちら・・・。え?
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3月7日まで日動画廊でグループ展に参加中ですので、ぜひ!
電子書籍「海峡の光」
パリのオランピア劇場ライブ盤、各配信サイトで配信中。
3月11日に、文庫「父ちゃんの料理教室」大和書房。
3月18日に、エッセイ集「キッチンとマルシェのあいだ」光文社。
8月5日から三越日本橋本店特選画廊A全面で「辻仁成展、鏡花水月」。
10月、パリ、アートフェア出展の予定
同時期、「24時間日仏仏文学イベント」。詳細、決まり次第お知らせします。
11月、リヨンでの個展、決定。明日、打ち合わせがあるので、詳細またお知らせします。
同月、パリでの何かのイベント、予定・・・。
この頃、小説「泡」刊行予定。現在、校正作業中・・・。
他、予定多数・・・。あくまでも、予定ですが・・・。


