ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口、「生きる意味」 Posted on 2026/02/19 辻 仁成 作家 パリ
はい、おつかれさまです。
ぼくは滅多に読書をしないんですが、昨日、知り合いから、「失われた時を求めて」の著者プルーストのことについて書かれた本を譲りたいと言われて、その著者がクロウド・モーリヤックさんで、ノーベル賞作家のフランソワ・モーリヤックの息子さんです。その一族の人から、これは君が持っていた方がいいよ、と言われて、「プルースト」という本を貰ったんですが、ページを開いて、何か読むべき本が今ここに来た、と思いました。1960年に人文書院から出版されたもので(当時のままで)、モーリヤックさんに3冊見本が渡されたんですが、その一冊だ、そうです。クロウドは、プルーストの親戚と結婚をしてまして、井上究一郎という人の翻訳で、家族側から見たプルーストの側面が描かれております。いや、まだ、ちょっとしか読んでないですが、引きずり込まれています。いつか、ここには意味があると思うので、みなさんに言わないとならないことが出てきそうな、予感を覚えています。笑。
さて、
さっそく、辻村相談窓口を開店いたします。
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匿名希望Uさん
「なんで、人間は生きないとならないのでしょう? 生きる意味なんかを考えると、わけがわからなくなります」


おこたえしまーす。
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「生きる意味ですか、これまた深い質問ですね。答えなんか生きているあいだは見つけられないものじゃないか、と思うんですが・・・。たぶん、人ぞれぞれに違う答えが用意されているんじゃないか、とも思います。ほとんどの人間は、生まれたら、死ぬまで生きなければならない、ということは間違いないので、ぼくも皆さんも、なんとなく、仕方なく、生きているのでしょう。中には若い頃からなにがしかの使命感を持って生きている人もいるかもしれないですが、ぼくには、そこまでの明確な使命はありませんでした。多くの人は、そこまで考えて生きることはないかもしれないですよね。あまりに問いかけが大きすぎて・・・。
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でも、こんなぼくですが、何で生きているんだ、と考えない日はないですね。人間とは何だろう、と思わない日はないですよ。ぼくはそれを追い求めるように創作をし続けているんですが、残念ながら、生きる意味はこれです、という答えをいまだ見つけるには至っておりません。でも、生きている以上、死ぬまでは、自分の世界を大事にし、自分の宇宙を拵えていきたい、と思っています。ぼくはお金儲けには向かなかったので、経営者になりたいと思ったこともないですし。そういう風に、向き不向きは生きていると分かって来るので、向いているものの方を向いて生きているんだ、と思います。でも、なんとなくですけれど、導かれている、と思って生きています。変な言い方ですけれど、自分で選んでいるような道ですけれど、予感というか、直感というか、何か、呼ばれるものがあるような気がして、誘われるように、生きているような気がします。「プルースト」の本も、きっとぼくに何かを啓示するんだと思います。その本を開いた瞬間、おお、また来たな、と思いました。前回の相談窓口で、先祖を見るスピリチュアルカウンセラーの話をしましたけれど、ああいうものを信じてはいないんですが、言い当てられてみたい、という願望はありますし、与えられた一生は、どう生きたってぼくの自由ですけれど、見ることが出来るなら、見て貰って、言い当てて貰いたいですね。言い当てられるなら、ですが・・・。笑。
とまれ、何かに導かれている気がしてならないんです。こんな風に書くと、辻さん、ならば、そんな大変な人生も導かれて経験されてきたっての、と笑われそうですけれど、もしかしたら、そうかもな、と思っています。考えてみて、東京の端っこで生まれたぼくが、今、フランスの端っこのノルマンディのさらに端っこの村で、牛を眺めながら生きていて、渡仏してもう25年、そして、息子は大学生になり、その間に、自分の力ではどうしようもない運命というものの圧力も受けて、でも、だからこそ、今、ぼくはここにいる、ということに意味を見ているんじゃないでしょうか。なんで、こんなに大変な人生を生きているんだろうと思うじゃないですか、人が生まれたり、死んだり、小説よりも、もっと過酷な世界だったりするわけですし、でも、たとえば、今ぼくが書いている「泡」という小説や、今ぼくがアトリエで描いている油絵の作品の中には、はっきりとした意思が宿っていて、それはこの田舎に辿り着くまでに、自分が経験したことが何らかの発端になり、それとの交換で、ある物語が誕生し、誰かに届けるというぼくの仕事があって、それはきっと、あらかじめ決められていたのかもしれないな、となかば、諦めのように、最近、気が付いているんです。これに逆らうことが出来ない。だから、これこそ運命、というものかもしれないな、とも思うのです。でも、過去が、それが辛い過去だったとしても、今を、この瞬間を精一杯生きて、その結果、未来がよくなったとしたら、それは過去のおかげで、そしたら、その過酷でつらかった過去さえも、未来に引っ張られて、ある時、ああ、あの頃は大変だったけれど、見方を変えるとものすごく意味があったんじゃないかな、と思えるんじゃないか、と思っていたりします。だからぼくは、この紙面でよく書いています。今日を精一杯生きましょう、と・・・。違いますか? えいえいおー」

父ちゃんからのお知らせです。
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3月7日までになりました。日動画廊でグループ展に参加中ですので、ぜひ!
電子書籍「海峡の光」
パリのオランピア劇場ライブ盤、各配信サイトで配信中。
3月11日に、文庫「父ちゃんの料理教室」大和書房。
3月18日に、エッセイ集「キッチンとマルシェのあいだ」光文社。
8月5日から三越日本橋本店特選画廊A全面で「辻仁成展、鏡花水月」。
10月、パリ、アートフェア出展の予定
同時期、「24時間日仏仏文学イベント」。詳細、決まり次第お知らせします。
11月5日から22日まで、リヨンでの個展。会場の住所や、画廊連絡先については、また後日、ここで発表します。
11月、7か8日、パリでのライブ、予定、現在交渉中。
この頃、小説「泡」刊行予定。現在、校正作業中・・・。もう一冊、文庫が出ます。
他、予定多数・・・。あくまでも、予定ですが・・・。


