ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「死にたくなる時」 Posted on 2026/03/14 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
ご無沙汰しています、辻村相談窓口の中の人こと、父ちゃんです。
さっそく、相談窓口をひらきたいと思います。

匿名希望Jさん
「辻さんは死にたくなることはありますか? そういうのは無縁の人だと思いますが、孤独はいいんですけれど、不意に、私は死にたくなることがあるんです。別に、解決策を聞きたいわけじゃないんですが、どういう時にそうなるのか、もし、辻さんも死にたくなるのなら、その理由はなんでしょうか?」

辻村相談窓口、「死にたくなる時」



おこたえしまーす。

「なりますよ。ぼくみたいな人間はあぶないかもな、と思うことはあります。燃焼している時はいいんですけれど、その、回遊魚みたいなもので、あの魚は休むことなく泳ぎ続けているといいますからね、ぼくと似ているな、と思うんです。何か大きな仕事が終わった後、よく、ロスとかいうけれど、そういうタイミングで、2,3年に一度、どうしようもなく死にたくなったりします。こういうこと言うと不謹慎ですが、思うのだから、もう、どうしようもないです。普段、熱血~、と叫んで生きているぼくですが、自分では制御できない無力感に襲われることがままあります。孤独は好きですが、不安でしょうがなくなることもあります。今日も、三四郎と草原を散歩していた時に、不意に、不条理な虚無感に襲われ、動けなくなってしまいました。でも、たぶん、死ぬことはないです。「死にたくなる」というのは「死ぬ」ことじゃない気がします。魂の淵に立つような感覚、魂が剥がされるような不安によっておこる現象の一つだと思います。「死にたくなる」というものの背後には「生きたい」或いは「生きなきゃ」という気力の芽が隠れています。だから、安心してほしいのは、「死にたく」なるのは、多くの人が(みんなとは言いませんが)、経験したことのある気分なんですよ。気力の芽を育てましょう。焦らず、コツコツと・・・。

ぼくは、(死にたくなる時にこそ)生きようとするその芽を作品の中に取り入れて創作活動をやってきました。どんなに暗い日々にいようと、たとえば、泥の沼地に咲いた名もなき白い花のようなもの、生きるための芽、を作品にしてきました。真冬の寒い日にも綺麗な虹がかかると歌ってきました。無理して乗り越えようとはしませんが、虚無に襲われ、心が閉じかけた時は、光の方を向いて目を閉じ、数分、静かに、瞼の裏側の光の波動を感じながら、心が落ち着くのを待ちました。生きる気泡のようなものが見えたりすることがあります。たぶん、気のせいですけれど、笑、それでいいんです。いいですか、だましだまし、生きていきましょう。自分を追い込まないで、そういう時はそういうものを受け入れ、自然に、それが出て行くのを待ちます。今日はダメだ、という時は、寝ていればいいです。そして、外に出て、空を飛ぶ鳥をごらんなさい。海に沈む美しい夕陽や沈んだ後の美しい空をごらんなさい。道の端っこに咲く小さな花の生命力をごらんなさい。そして、空を見上げてごらんなさい。こんなつらい時代であろうと、そこには太陽や月が出ています。曇っている日であろうと、瞼の裏側には光を感じることが出来ます。与えられたこの一生を慈しんで、どうぞ、生きてください」

辻村相談窓口、「死にたくなる時」



お知らせがありますが、まずはラーメンから。
3月30日、父ちゃん作のラーメンが食べられます。ラーメン博物館で。



https://livepocket.jp/e/qavpx

お知らせ、いろいろとあるんですが、あとは、また、明日にしましょうかね。笑。だましだまし、生きましょう。いつか晴れ間も現れます。

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