ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口、「チャレンジ」 Posted on 2026/03/22 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
八重桜なのか、綺麗な白い花が咲いているフランスです。春です。
なんだか不安がたくさん押し寄せてきている毎日ではありますが、自然には癒されますね。
さて、
はい、相談窓口、開店の時間です。
今日は若い男性からのといかけ頂きました。
☆
匿名希望R君
「自分は30歳になろうとしている者ですが、表現者になりたい、という夢はあってそこに向かって頑張っているところです。でも、空回りばかりで、思うようにいかないことも多いです。そんな自分に何かはっぱかけてもらえないでしょうか? 辻さんは若い頃どんなでしたか? そして、今はもう先生になられてしまったわけですが、でも、満足されていますか? なんで、フランスなんですか? もし、日々、闘っていられるなら、僕に見えないその何かを見せてください。どういう努力をされているのか、いくつになっても、チャレンジできるようながつんと響くメッセージをください。熱血の精神、待ってます」

おこたえしまーす。
☆
「笑。来ましたね、熱血の精神・・・。そういうものは山ほどありますよ、ぼくから熱血をとったら何も残らないような人間ですからね。ま、でも、話し半分で聞いてください。人にはその人なりの方法があっていいと思います。したがって、ぼくのアドバイスなんか、一つの道に過ぎません。そして、確かに、ぼくは先生と呼ばれるようになりましたが、心の中ではそんなものはぼくじゃない、と思っていますよ。あのですね、あなた、もうすぐ30歳ということは、ぼくの息子でもおかしくない年齢ですので、はっきりと申し上げておきますが、ぼくは、いまだにあなたのような新人がライバルなんです。だからね、昨日も画廊に売り込みに行きましたら、あなたのような若い画家が、売り込みに来ていて、思わずライバル意識燃やしました。ぼくは自分の個展とは別に、シークレットで、パリや各地の画廊に、売り込みを続けています。一度も、ふんぞり返ったことはないです。文学も、音楽もずっと同じスタンスです。昨日、絵を持ち込んだ画廊さん、5枚の絵(油絵、パステル、木炭画)を持ち込んだのですが、4枚を置かせてもらうことになりました。ここは二度目なんです。門は二度叩け、というぼくの信念がありましてね。
でも、常設展に展示されたとしても、ここのお知らせ欄とかには載せないんです。載せません。なぜだと思います? 三越個展は宣伝をしますが、フランスの常設展に参加出来ても宣伝はしません。なぜだと思う? ぼくは、一軒一軒、武者修行のように、門をたたいて、自分を売り込んでいます。66歳ですが、30歳のあなたに負けないくらい、初期衝動を大切にして、エネルギッシュに頑張っています。なんのために? それは、生きている意味を探しているから、なんです。自分の絵を、ぼくのことを一切知らない人が見つけて、気になって悩んで、いつか購入されたとしたら、それって、光栄なことで、ぼくの希望になるじゃないですか。
10年前、まだ、今のように毎年日仏で個展をやれるようになる前、若い頃からずっと絵を描いていましたが、自分の絵の価値が分からないし、それを知りたくて、パリの画廊に直談判しに行ったことがあったんです。凄い勇気でしょ? 一軒目の画廊の人に、どこの美術大学出ているの? と言われ、出てない、と言ったら、その人、ぼくの絵をちゃんと見ないで、勉強してから、出直しておいで、と言ったんですよ。そりゃあ、どこの馬の骨かもわからない人間が、いきなりやってきて、絵を置いてくれ、と言って、はいそうですか、とはならないですよね? しかも、ぼくだって、携帯の写真を見せようとしたわけですから、話(説教)をしてくれただけ、その人には感謝です。小さな画廊で、アジア系の作品を扱っているので、もしかして、と思ったのですが、あまくなかった。あはは。
いろいろとありましたが、その後、コロナの時期に、日本画家の千住博さんに、暇だったこともあり、自分の作品とは言わず、数枚の絵をラインで送りつけ「率直にどう、思う?」と質問したのが、大きな転機になりました。千住さんは、ぼくの絵だとは思わないで、いい絵だね、と長いメッセージをくださったんです。(今もとってあります)「これは僕の作品ですよ」と伝えたら、速攻で、個展を決めて来て、プロになるべきだ、と言ったんです。千住さんの紹介で、日本のデパートの画廊が個展をやってくれることになったんですが、その時の支配人にも、「なんか、ちょっと有名な人が個展やるって言うから」みたいなことを言われたんですよ、初対面の時に、笑。(誤解しないでくださいね、その人、登山家でいい人なんです。ただ、正直なんですよ)
ぼくはだから、日本で絵が売れたとしても、成功だとは思ってないです。その支配人の顔を思い出すから、です。なんか、ちょっと有名とか、言われて、笑、小バカにされると、燃えるタイプなのよね。でも、その個展はいい結果が出て、その次の個展へと繋がり、そこにその支配人がやって来て、「とっても感動しました」と言ってくださり、ま、よかったじゃないですか・・・。
文学もそうでした。「ロックやっているような人間」と最初はかなり批判されましてね、今でこそ、ロッカーや芸人さんでも文学賞をとる時代になりましたが、ぼくの時はまわりにあまりいませんでしたから、それで、名門の文芸出版社の門をたたき、(受付から行きました)、作品を読んでもらい、それが文芸誌「新潮」で掲載れて、今に至ります。でも、世間の色眼鏡って、ぼくにとっては発火装置になるんですよ。10年前のマレ地区の画廊のオーナーさんの、美大に行け、が今の自分には宝の原石のように思えてなりません。(今、アートカレッジの校長やっています。あはは)
とはいえ、66歳ですが、今も、マレ地区、オデオン地区、などの画廊を時間が出来ると、訪ね歩き、画廊主に作品を見せています。マジですよ。フランス人のめっちゃ怖い顔の画廊オーナーがいるんですが、アルノーさんね、そことも、接近中でして、先日、はじめて笑顔頂きました。メールを交換している人も多いですよ。でも、作品はちゃんと見てくれるようになりました。ですから、今は、実物作品を持って回るようになりました。やっぱ、画集とかじゃ、ダメなんですよ。実物じゃないと。でかい絵を持って回らないとね。そんなことやっている、66歳の日本人はたぶん、いません、パリには、ぼくだけかな。でも、着実に、門戸は開かれつつあります。
最初の画廊での失敗が、ぼくの今を形作っています。いずれ、あちこちの画廊に「Hitonari TSUJI」の絵が、片隅に置かれることでしょう。ぼくは度の画廊でもあえて言うんですよ。「あなたの画廊の一番隅っこにこっそりと展示させてください」ってね。必ず、どこの画廊でも言います。理由わかります? そこでぼくのことを知らないフランス人や、絵を求めてパリに来た人たちに、見つけてもらいたいからです。
25年前、小さな美術館(今はなき、モンパルナス美術館です)の階段を上った、暗い端っこに、藤田嗣治の小作品があってね、それが藤田との出会いできた。同じように、ぼくのことを知らない人が、そうやって、ぼくの絵を持って帰り、その人の家の壁に飾られる、これ、すごいことじゃないですか? 小説も実は、今、新しい世界を着々と開拓中なんです。これもチャレンジ中なんで、結果が出たら、また、お話ししますね・・・。つまり、チャレンジに終わりはないということです。色眼鏡で見られたら、それはチャンスの入り口だ、と思ってください。悪口陰口が飛んでくるでしょう? そしたら、それは嫉妬だ、と思うべきです。「また、辻かよ」と嫉妬されて、ぼくは成長し続けています。先の画廊の支配人にも、また、そこで個展させて頂き、震えるくらい凄い作品を見せつけてやり、ぐうの音も出ないほど、魂で目覚めさせてあげたい、と思っているんですよ。そのためには、今の100倍の力と時間が必要になります。死ぬ暇もないわけです。今は、忙しいんですよ。30歳になろうとしているあなたが、ぼくのライバルです。
実は、ぼくは明日、フランスのバンドのレコーディングにイブリン県でボーカリストとして参加します。66歳ですよ!あはは、日記に書きますね。挑戦はいまだ続いているんです。落ち込んだり、悩んだりしている暇はありません。あなたへのアドバイスはありませんが、あなたが諦めてくれれば、ぼくのライバルが一人減るだけです。悔しくないですか、ぜひ、負けないでください。いひひ」

とくに、お知らせはないですが、
8月5日から11日まで、三越日本橋本店、特選画廊A全面で、「鏡花水月」というタイトルの個展を開催します。一年間、じっくりと弓を引いて描いてきた作品が並びますので、お時間あれば、ふらっと冷やかしに来てくださいまし、いひひ。


