ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口、「なぜ、父ちゃんはノルマンディ在住なのか」 Posted on 2026/02/23 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
今朝は、三四郎がぜんぜん、歩いてくれませんで、1時間ほどかけて、隣の村までいき、パンでも買って、戻る途中でやっとポッポ(うんち)をしてくれて、やれやれ、という大騒動でございました。
さんちゃんも生きているので、いつも決まった時間にポッポというわけにもいかないんですよね。
犬と田舎で、暮らすというのは、こういう予期せぬ時間を引き受けないと難しいところがあります。
ま、なるようになる、日曜日でございました。
さて、
「辻さんは、どうして、ノルマンディを選んだのでしょう? 終の棲家となるのでしょうか? そして、辻さんの思うノルマンディの魅力を教えてください」
匿名希望のTさんからのご質問がありました。
よく訊かれるんですが、けっこう、自分で決めたというよりも、気が付いたら定着していた、という感じですが、お答えしたいと思います。


「ノルマンディというのはフランスの他の件に比べ、とっても細長い県でして、ノルマンディと一言で言っても、その守備範囲は非常に広大です。
作家モーリス・ルブランの代表作、小説ルパンの「奇巌城」の舞台となったエトルタがもっともパリから近い街かもしれませんが、それでも1時間ちょっとはかかります。
そして、作曲家、エリック・サティを生んだオンフルールという美しい港町は世界的にも有名ですね。
作家マグリッド・デュラスが愛を育んだトルーヴィルもありますし、内陸には、詩人のエロイーズを生んだカーンがありますね。
もっともっと先には、ブルターニュとの境界線のそばに、モンサンミッシェルが聳えています。モンサンミッシェルまではパリから4,5時間かかります。
しかし、こうやって並べてみると、お分かりの通り、フランスを代表する小説家、音楽家、哲学者、詩人、画家が、パリに負けないほど暮らしておりました。
つい最近まで秘密ですが、あのデビッド・ホックニーさんも、暮らしていたんですよ。
なので、離婚した後ですが、ぼくはよく文学の仲間、編集者らと、ノルマンディを巡る旅をやりました。そのうち、やっぱり、ここが創作をするには、最高な場所なのだ、と気づいていくんですね。
あちこち、旅をしました。パリから、1時間から5時間以内で車で旅行が出来るので、ふらっと出かけるのには、ものすごく楽なのでした。南仏までだと10時間以上は時間をみないとならないので・・・。
はじめて訪れたエトルタは言葉では表せないほどの感動を与えてくれました。ここは断崖で有名な場所でして、石灰岩が波で浸食されてこの世のものとは思えない不思議な風景を作っていたんです。
干潮で干上がった岩浜を沖まで歩きました。普段は海の底なんですよ、それが日中、歩くことが出来ます。
正面に有名なアヴァルの門が見えました。とにかくそこまで行きたかったので、二百メートルくらいの距離を、用心しながら歩いた記憶があります。晴天で沖まで見えていたのに、気が付くと、いきなり霧で包まれ、身動きがとれなくなります。ノルマンディは住んで分かったのですが、天気が定まりません。海沿いなので、不意に雨になったり、晴れたりの繰り返し・・・。
ということで、視界が濃霧のせいでゼロになり、戻れなくなりました。しかも足場の岩の上には若芽がびっしりと付着しており、滑りやすい。ここで転んだら、海に落ちて流される。・・・、怖くなりました。ぼくは泳げませんからね。仕方がないので、そこで霧が晴れるのを待ちました。しかし、まもなくすると、これまでの絶望が嘘のようにすっと霧が雲散し、目の前にアヴァルの門が出現したのです、なんと、ぼくは目の前に立っていたんですよ。その感動と言ったらなかったですね。まるで、神がそこにいるような、本当に凄い神秘的経験でした。真空の中から、切りひらかれた巌の門が出現したのですから・・・。

オン・フルールにもよく行きます。大好きな世界です。エリック・サティのジムノペディが大好きなぼくの頭の中にはずっと彼のピアノの静かな旋律が響いています。今は、この曲はぼくのレパートリーに加わりました。ギターでフランス人に演奏をしてあげますと、みなさん、笑顔になります。エリック・サティの精神を受け継いだような気持ちになりましたね。
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映像があるので、どうぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=CF5m6r4KUKE

小さな漁港、トゥルーヴィルにはデュラスが若い恋人ヤンと過ごしたというアパート、ロッシュ・ノワールがありまして、そこで彼女が書いた小説「モデレート・カンタビーレ」がたいへんに有名ですね。
ここの夕陽は美しく、ぼくも小説「十年後の恋」の舞台にさせてもらいました。でも、実はあれ、本当は、葉山を舞台に書いていたですが、コロナ禍になり、その村に逃げて滞在したのがきっかけで、葉山からトゥルーヴィルに変わったんですよ。笑。運命ってやつですかね。
☆
ノルマンディというところは田舎なんですが、パリに近いというのが便利ですね。そして、パリから逃げてきたぼくのような人たちが多いので、そこもちょうどよかった。アーティストが多いので、ちょっとした議論も出来るし、ぼくのようなのばかりだから、村の人たちの理解も得やすいんです。田舎のいいところは、朝まで歌っていても、怒られない。朝まで時間に支配されないで、自由に絵を描くことも出来ます。ちょっと歩けば、それなりにおしゃれなカフェもないことはないんです。笑。そこでまた、仲間が増えます。だいたい、作家とか、詩人とか絵描きって、分かるんですよね。で、ぼくは日本人だし、こんなだから目立つじゃないですか? 笑。日本好きばっかりだから、いろいろと質問もされたりして、すごしやすいです。



あと、自然がふんだんにある、ということ。なのに、危険は少ないです。昨日は、庭に、アナグマがいましたが、ぼくと目が在ったら、そそくさ、と逃げていきました。はりねずみ、白鳥、いろんな動物とも仲良くできます。うちには、優秀な番犬もいるので、問題ありません。
アトリエはもともと、鍵のアーティストが使っていた工房で、工場みたいな場所で、出会って一年くらいが立ちますが、少しずつ内装をやって、過ごしやすい環境になってきました。最初はガレージ部分だけでの作業場だったんですが、今は工場の屋根裏部屋にも工房を増設出来たので、冬はそこで、夏はガレージで、作業をしている感じです。そこの建物を出ると、目の前は大自然なので、世の中の嫌なことを考えないですみます。ただ、ちょっと不便なだけです。飲み屋街もないし、ダンスクラブもないし、何にもないわけですから、・・・。でも、おしゃれですよ。寂しくなったら、車を走らせ、ちょっと大きな町まで行き、買い物とか、お茶とか、画材屋で、油を売ったりします。料理人の友人が数人いるので、ご挨拶したり、それなりに、いい距離感で生きていけます。煩わしいことばかりの世界ですが、シャットアウトできます。絵や小説がどんどん生まれます。ぼくにとっては、これ以上の避難場所はないんですよね。魂を整え、なぜ生きているのかを問いかけるのにも、とってもいい、というのが、一番の理由かもしれない。とにかく、戦争のニュースはもううんざりなんです。空を飛ぶ、鳥たちを三四郎と見上げて、穏やかに生きています。きっと、もっともっと、ここから作品が生まれていくんだと思います。なぜ、ここに辿り着いたのか、作品の中に、描かれていくんじゃないかな、と思います。心を取り戻すのに、最適なんですよ。光も、波も、風も、魂も、・・・」

☆
3月7日までになりました。日動画廊でグループ展に参加中ですので、ぜひ!
電子書籍「海峡の光」
パリのオランピア劇場ライブ盤、各配信サイトで配信中。
3月11日に、文庫「父ちゃんの料理教室」大和書房。
3月18日に、エッセイ集「キッチンとマルシェのあいだ」光文社。
8月5日から三越日本橋本店特選画廊A全面で「辻仁成展、鏡花水月」。
9月、小説「泡」刊行予定。現在、校正作業中・・・。あ、もう一冊、文庫が出るみたいです。
10月、パリ、アートフェア出展の予定
。詳細、決まり次第お知らせします。
11月5日から22日まで、リヨンでの個展。会場の住所や、画廊連絡先については、また後日、ここで発表します。
11月、7か8日、パリでのライブ、予定、現在交渉中。
他、予定多数・・・。あくまでも、予定ですが・・・。


