PANORAMA STORIES

滞仏日記「いよいよ、明後日本番だが、熱血しげちゃんがとまらない」 Posted on 2020/09/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、いよいよ日曜日、明後日に迫ったエッフェル塔オンラインツアーなのだけど、ここに来て、「なんとか、皆さんのご厚意で赤字は免れることが出来ました」としげちゃんから連絡がありました。
寄付したいという方までいらしたという知らせを頂きましたが、しげちゃんが調子にのりますので、お気持ちだけ有難く頂きます。
これは本当にお気持ちだけにさせて貰きたく、みんなプロですから、大丈夫です。
しげを甘やかすといけません。本当に皆さん、ご心配おかけしました。ご声援、励まし、スタッフ一同、大感謝しております。
スタッフは万全な体制で挑んでおります。中継機材もカメラマン、小田光の手元にさきほど届いた、という知らせがありました。いよいよです。
前代未聞のオンラインツアーがはじまります。あの男以外は、完全な状態が整ったことをご報告させて頂きます。あの男、以外は…。



ところで、明後日、ぼくはどうしたらいいのか、詳しいことを聞いてなかったので、しげちゃんにラインをしたら、
「朝、本番直前にタクシーでいらしてください」
と絵文字付きの爽やかなメッセージが入り、カチーン。
別にぼくは大スターじゃないから、迎えに来いとか思わないです。自分のことは自分出来るけど、と呟きながら、
「ところで、ぼくはどんな格好でやればいいだろう? スタイリストさんとか、メイクさんとかテレビみたいにいるの? 聞いてなかったけど」
と確認をしてみたのです。
すると、しげちゃん、
「辻さん、普段の辻さんが素敵ですから、そのままの着飾らない恰好でいらして、着飾らない感じで、普通に、歩いて貰えますでしょうか? よろしくお願いします」
とメッセージが戻ってきた。
ぼくはちょっと、びっくりした。
もちろん、テレビじゃないし、でも、それでも多くの方が視聴される生中継、直前に行って、いきなりカメラの前に立つなんて、できない…。
「そっか、スタイリストさんとかメイクさんとかいないんだね」
「辻さんはロッカーなのでスタイリストとかメイクとか必要ないんじゃないか、と思ってました。いるんすか?」
カッチーーーン。
「なくていいと思うなぁ。視聴者の皆さんは普段の辻仁成を生中継で見たいんですよ。前日まで仕事をして、目の下にクマを作った感じが素敵です。着飾ったドールのような辻さんなんて、面白くないです」
「ドール?」
「人形を英語でドールっちゅうんです」
しげちゃん…。



一度、どうしようか、考えた。エッフェル塔はたしかに普段着でもいいのだけど、ベルサイユ宮殿は普段着というわけにもいかないのじゃないか、と思った。そこで、
「ベルサイユ宮殿はジャケットとか着た方がいいんじゃないの?」
と改めてラインを送ると、
「確かに、そうですね。ベルサイユ宮殿は貸し切りですから、我々しかいない異空間ですし、着飾ってもぜんぜん不思議じゃありません。フランス人国際ガイドのマダム、カトリーヌさんが辻さんと一緒に館内を歩くことになっていますので、その方がどういう恰好で来られるか、確認をしますけど、ルイ16世とマリーアントワネットみたいな世界観が出るといいですね」
と戻ってきた。
「はぁ? なに言ってるの?」
「あはは、すいません、冗談です。わちし、たまに面白いこと言います」
熱血しげちゃんはいつもこんな調子なので、想定内なのだけど、でも、明後日のことだから、この点について考えていなかった自分の失敗だ、と深く反省をした。
しげに、服装のことなど、分かるわけがない。ただ、スタイリストさんがいなくて、ベルサイユ宮殿の格式に見合うレベルの恰好が出来るか、自信がなかった。
すると、30分くらいして、気になったのか、しげちゃんから再びメッセージが届いた。
「辻さん、エッフェル塔は普段着でいきましょう。で、ベルサイユ宮殿の方はジャケットで決めましょう。それがいいです。エッフェル塔はハンチングがいいです。ベルサイユはハットでお願いします。蝶ネクタイとかありますか?」
「蝶ネクタイ?」
「はい、ベルサイユ宮殿を蝶ネクタイして歩く辻仁成、見てみたいす」
「しげちゃん、君、調子こいてる?」
「滅相もないです。すいません、言葉が至らなかったらお許しください。ただ、ベルサイユ宮殿はちょっと正装でもいいのかな、と思いまして。でも、辻さん、ロッカーだからネクタイは変じゃないですか、でも、蝶ネクタイならロッカーもしますよね? 昔、英国を代表するローリングストーンズのチャーリーワッツが蝶ネクタイして太鼓叩いていて、かっこいい、と唸った記憶があります。あの感じでいきましょう」
「ちゃーりーわっつ?」
ぼくはもう、それ以上、返事しなかった。現時点で、ぼくは自前の服で、カメラの前に立つことが決定した。慌てて、クローゼットをあけて、服を探す父ちゃんだった。そ、そこで、衝撃の事実が!今日は金曜日、クリーニングが間に合わない! オーマイガッ。
しげちゃん…。

滞仏日記「いよいよ、明後日本番だが、熱血しげちゃんがとまらない」



自分流×帝京大学

Posted by 辻 仁成

辻 仁成

▷記事一覧

Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。