日々のことば
自分流・日々のことば「鶏の口と牛の尻」 Posted on 2025/05/27 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
ぼくは大きな組織に入ったことがありません。
逆にぼくの父親は大きな保険会社で死ぬまで働いていました。会社をやめた後も、その保険会社の代理店で働いていたんです。
昭和の時代は、サラリーマンが日本の大黒柱でしたね。
その姿をじっと見て育ったからかもしれませんが、給料もよかったようですし、社宅付きで、これがエリートなんだな、と父のことを見ていました。
でも、反面教師というのか、ぼくの中には、会社に従属する父の姿に、なんでしょうね、わずかな反発もありました。
☆
ところが、父は、ある時、窓際族になりました。やる気満々だった父は、窓際に座らされ、重要な仕事を奪われたのです。
ぼくは知りませんでしたが、ある日、弟から聞かされ、その時、父はどういう気もちで会社に行っていたのだろう、と思いました。
晩年の父に、
「これからは手に職を付けた者が幸せになる時代が来る」
と言われました。
「ま、お前は手に職を付けたのだから、それでよい」
ということでした。
はじめて、認めてもらえた瞬間だったように思います。
同時に、彼は自分の選んだ人生に後悔をにじませていたのです。
そこからぼくが悟ったことがあります。
もちろん人にもよりますが、ぼくは、従属よりも独立を目指した方がいいだろう、と強く思った、ということです。
結局、でかい牛のしっぽのところにしがみついて生きていくよりも、にわとりのように小さくても、自由に動き回れる方が楽しいだろうな、とまだ今よりもうんと若い頃に気づいたのです。
なので、ぼくは自分の芸術活動を頑張りながら、そのための事務所を作って、著作権の管理などを自分たちでやるようになりました。
数人の小さなチームですが、自由に創作が出来ていますし、著作権は一応守られています。
同じような考えを持つ世界中のエージェントたちと連携し、日本だけに限らず、創作発表の世界を広げている最中です。まだまだ、まだまだ、最中にすぎないのですが・・・。
大きな牛のような大組織ではないので、凄いことは出来ませんが、小さなにわとりながら、小回りはきくので、なんとかこの大変な時代も乗り切っております。
何より、従属がないので、心おきなく創作に集中できるのが素晴らしいじゃないですか。
昔の中国の「史記」に出てくる言葉ですが、「鶏口(けいこう)となるも牛後(ぎゅうご)となるなかれ」ということわざがあります。
今日、お話したような内容をそのまま言い表した日々のことばの一つになりますね。
鶏口は、にわとりの口を意味し、小さな組織の長のことですね。そして、牛後は、字の通り、牛の尻(しっぽ)ということです。
今日のひとこと。
「鶏口となるも牛後となるなかれ」
※ 辻仁成の個展開催のお知らせです
7月9日から、三越日本橋本店、コンテンポラリーギャラリーで、
7月23日から、岡山天満屋本店美術画廊にて、
10月13日から、パリ、マレ地区にある画廊、20THORIGNYで2週間、開催いたします。
posted by 辻 仁成
辻 仁成
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作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。