自分流・日々のことば

日々のことば「順応」 Posted on 2025/08/05 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
なぜ、幸せというものは持続しないのでしょう?
幸せだったことは思い出せますが、その時の幸せは、ずっと永遠続くことがないような気がします。
たとえば、これはぼくの場合ですが、何かで大きな成功を手に入れた時がありました。
ぼくは興奮をして、大喜びをしたことがあります。
でも、それは長続きしませんでした。
やがて、不満が増えて、何か物足りなさが芽生え、成功した時の幸福感は次第に薄れ、ある日、普通が訪れるのです。
薄れるというより、そのことに慣れてしまって、最初の瞬間のような興奮は続かなくなる、わけですね。
このような状態を心理学では「ヘドニック・トレッドミル(快楽順応)」と言います。

日々のことば「順応」

すごい成功とか幸福がやってくると人間はアドレナリンとかたくさん放出するんですね。
それがずっと続くと脳も疲れるので、脳内に防衛メカニズムが働くんだそうです。
これが「快楽順応」。
面白いですね。
確かに、大学に合格した時の興奮が永劫に続く人はいません。
人間の脳は快楽に順応して、それを平均化していくわけです。
実は過去の成功の現実があるので、本当は幸福が続いているんですが、心理における免疫システムが働いて、次第に幸福感も平均化され、何とも思わなくなってしまうんだとか・・・。

ぼくも、そういえば、文学賞をとった日は確かにジャンプをしましたが、それはもう遠い日の出来事で、今は不満の方が多い。
これは、ぼくの脳の防衛システムが働いた結果ということで、ある意味、正常なんですよね。
宝くじに当たった時の興奮がいつか消えるのは、心理的防衛システムのせいだ、というんだから、心理学者って、面白い。

辻仁成 Art Gallery

日々のことば「順応」



ぼくは、それでも忘れられない幸福な瞬間を思い出すことが出来ます。
遠い昔、ぼくに家族があった時のことですが、家に帰る途中、ハンドルを握りしめながら、これが幸せなのか、と思ったことがあったんです。
今は、もうその時の家族はなくなりましたが、ぼくはその瞬間を思いだすことが出来ます。
その瞬間の幸せはぼくだけのものだったかもしれませんが、今も大事に心の中にしまってあります。
今度、息子と二人で食事をする日がきたら、話してきかせたいな、と思っていますよ。

人間はみんな幸福に慣れて不満を漏らし、そこから離れようとする時もありますが、それは心理学的心のメカニズムのせいだ、と気が付くことができれば、気持ちの在り方もまたコントロールできるかもしれません。
時は濁流のように流れるものですが、自分の記憶が残り続ける限り、あの幸福な瞬間は、ぼくのものであり続けるはず。
いい思い出を心に持ち続けることは、心理的な防衛システムに対抗する大事な人間らしい行動かもしれないです。
いい思い出は自分のものだから、大切にして、気持ちが幸せに慣れ始めている時にこそ、どうぞ、幸福だった日のことを思い出してみてください。
全てを赦せた自分が、そこにいるはずだから。
はい、今日も精一杯生きたりましょう。
えいえいおー。

今日のひとこと。
「快楽順応」

自分流×帝京大学

今日のごはん。
「サルシッチャのトマトソースパスタ」

日々のことば「順応」

さて、次の個展にむけて、ぼくが今、新たな気持ちで、作品と向き合っていますよ。
ぼくの人生に「快楽順応」はもうありません。
残された時間の中で、アドレナリンを放出し続け、最高傑作を生みだしてまいりたい、と思います。
ということで、個展情報!!!

パリ、10月13日から26日まで、パリ、ピカソ美術館そば、GALERIE20THORIGNYにて「辻仁成展」開催します。ピカソもぶっ飛ばす勢いです。

2026年、1月中旬から3月中旬まで、日動画廊パリにて、グループ展に参加します。秋頃に、詳細が決まります。
また、お知らせします。

そして、毎月3回やっている人生を語り倒すラジオ・ツジビルはこちらから、です。どうぞ。

TSUJI VILLE

日々のことば「順応」

posted by 辻 仁成

辻 仁成

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Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。