ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「今日を生きる」 Posted on 2026/07/12 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
さっそく、辻村相談窓口を開店いたしますね。
デザインストーリーズのインスタの「ストーリーズ」に届いていたご相談になります。

匿名希望Bさん
「今日は少し重めの相談です。
母の認知症が急速に進み、家事もひとりではままならない状況になりました。私は東京の自宅を引き払い、地元で仕事をしながら週のうち4、5日は母の介護に通っています。母は今年12月に米寿を迎えます。それまでは本人の希望通り、自宅で生活できるようサポートしようと思っています。
ほんの2年ほど前は、自宅のある神戸から、新宿伊勢丹へ辻さんの個展をみに行くほど元気だった母です。そんな彼女の現在の姿を見ていて、「生きる」とは何なんだろうと考えます。人は長生きすることに意味があるのか、それとも別のところに意味があるのか?そこで辻さんにお聞きしたいです。辻さんは「生きる」とはどういうことだと考えられますか?」

辻村相談窓口、「今日を生きる」

※ ノルマンディのアトリエの前の草原に降り立った白鳥です。飛び立つ時、翼が数メートル広がります。古代の始祖鳥のようですよ。



おこたえしまーす。

「ぼくの母も、今、福岡市内のリハビリ病院に入院しておりまして、90歳ですからね、でも、本人の希望は一日も早く自宅に戻りたい、ということのようで、確かにずいぶんとよくなったので、ケアマネージャーさんに付き添われて、来週実験的に一度自宅に戻り、話し合いをするようです。ぼくもこの夏のタイミングで戻り、弟と母さんと今後のことを話し合うことになっています。弟とは、だいたいの方向性は決めており、あとは、母さんの気持ちを尊重し、兄弟力を合わせて母さんの一生を幸福なものにしようね、と話し合っています。でも、逆らえないものもありますし、ぼくら兄弟もそれなりの年齢になりましたので、弟にも、自分の人生を大事にしなさい、と言ってます。ただ、こういうことは、どうなるものでもない、とぼくは悟っています。若い頃は夢や希望が溢れていて、今思い出すと、思う存分に生きてきた、と思っていますし、反省や後悔もいろいろとありますが、それも生涯の一部だと思っているんです。人間は限られた人生の中で生きている、ということを、ぼくは少なからず、常にどこかで持って生きています。どんな聖人君子であろうと、いつか訪れる運命を避けることは出来ません。全員です。だから、どんなに欲をかいても、仕方ない。なのでぼくはいつも日記などで書いていますが、一生は「今日を精一杯生きる」ということに尽きると思っているんです。10年後、5年後、2年後、1年後さえも、誰にも分りません。見事な着地もあるかもしれませんが、死を免れることはありませんし、ここでも何度も書いてきましたが、他人の死は見えますが、自分の死は自分にはわからないので、自分が本当に死んだか、誰にも分からないものが、死、だと気づきました。この話は、ちょっと複雑ですし、長くなるので、またの機会にさせて頂きますが、ともかく、今を、この瞬間を大事に、毎日丁寧に生きる、ということを疑わないことが、幸福である一番の方法だろうと確信しております。自分の知覚が及ばない暗黒の畏怖を恐れてもそれが何かはわからないわけです。自分の死を見ることのできる人間はいないからです。あゝ、死ぬのかな、と思う瞬間はあるかもしれませんが、客観的にそれを確認は出来ません。ならば、そこを恐れて生きるよりも、「今日」を精一杯生きることが大事になりますよね。その積み重ねが、きっと、生きることの意味を教えてくれるのだろうと思って、少なくともぼくは生きています。朝、起きると、窓をあけて、空を見上げ、この宇宙の中の自分を認めます。今日、をどう生きるか、考え、ぼくの場合は、創作を開始します。その作品の出口というか、どうなるか、とか、あまり考えていません。自分の存在理由をそこにぶつけるように画布に叩きつけているんです。だから、自分が納得できた瞬間は、幸せ、です。いい絵が今日も描けた、と思うと嬉しくなります。それから米を研ぎ、料理をし、手を合わせて頂いています。その日々の糧になるような、いくつかの小さな目標はあります。昼食だったり、夕食だったり、或いは、個展だったり、コンサートだったり、それがあることで、ぼくは毎日を有意義に過ごすことが出来ています。もしかすると、この絵を誰かが発見してくれるかもしれない、などと考えると、元気になります。もし、ぼくが絵描きではなく、作家でもなく、ギタリストでもなかったら、ぼくは別の何かを探して、同じように、そこを小さな目標にして、進んでいるんじゃないか、と思っています。方法は人間の数だけ、あるでしょうから、今やっていることが全然ダメだった場合は、おそらくぼくのことですから、好奇心をフル回転させてあらたな「今日」を探していることでしょうね。すくなくとも、自分だけで完結できる「料理」はその根底にあります。「ランニング」とか、「犬の散歩」とか、「犬のふんの始末」とか、そういうものをおろそかにはしません。それも「今日」を構成する大事な「一つ」だと疑ったことがありません。今は、90歳の母のことを介して、弟と毎日のようにやりとりをしており、今までにないくらい、いい関係です。弟とぼくの息子が似ていることを発見しました。ぼくの息子が誰かに似ている、とずっと思っていたんですが、弟、でした。そういうことも「今日」が教えてくれるわけです。ですから、あなたのご質問にお答えできるのならば、人は長生きをするために生きているのじゃない、ということでしょうか。人間は「今日」を生きるために、生きているのだと、ぼくは信じています」

辻村相談窓口、「今日を生きる」



父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
今日の質問は、昨日、デザインストーリーズのインスタのストーリーズという機能にある返信欄に入っていたものだそうです。他の人からは見られることがないので、何か質問があれば、入れといてください。だいたい、岡っちが、それをひろって、ぼくに届けてくれます。
この「辻村相談窓口」は、みなさんからこのような難しいご相談を受けて、ぼくが自分の人生を振り返ることのできる、そうですね、ある種の修行場のような、いい場所になっています。生きていると、なかなか、大変ですからね、どうぞ、ご利用ください。ぼくも誠心誠意おこたえさせていただきます。全てにお答えできない場合もありますし、スタッフさんも忙しいので、もしかすると、見逃すこともあるかもしれません。だから、気長に、どうぞ。気長に・・・。

もうすぐ、個展です。父ちゃんの、全存在意義をぶつけて、描いてきた代表作が、ずらっと63点、並びます。今までで、もっとも、集中できたし、世界観も統一された納得いく個展になると思います。わくわくしますね。入り口を入って、クランクを右折すると、真正面の壁に、大きな絵が、15枚くらい並ぶんです。天空屏風絵のような世界がパノラミックに出現するので、圧巻だと思いますよ。画廊の皆さんが、ぼくの図面をもとに、設置してくださるんですが、早く見たいです。その最終構成まで、作家は頭に宇宙を描きながら、一枚一枚を描いていたんです。ノルマンディのアトリエで・・・。ふふふ。

辻村相談窓口、「今日を生きる」

辻仁成 Art Gallery

辻村相談窓口、「今日を生きる」

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