ノルマンディ、ツジ村便り

辻村相談窓口、「パリとニューヨーク、どっち?」 Posted on 2026/08/31 辻 仁成 作家 パリ

おつかれさまです。
さっそく、相談窓口をオープンしてみましょう!
今日は、海外で生活をしたいという30代後半の男性からの相談です。実は、ぼくの知り合いの友人なんです。知り合いから、この質問が回って来たのですが、・・・。

匿名希望Jさん
「もうすぐ40歳になろうという会社員の男です。今まで、身を粉にして働いてきたのですが、ちょっと人生の岐路にぶつかってしまいまして、一念発起して、会社をやめ、海外で半年間生活したいと思っています。辻さんは、ニューヨークでも暮らしたことがあると知人から聞いて、知りました。実は、ニューヨークに行くべきか、パリに行くべきか、で、悩んでいます。ちなみに、自分はファッション関係の仕事をしていました。その退職金で短い海外滞在をしたいと思っています。ロンドンも考えたのですが、何かアドバイスをください」

辻村相談窓口、「パリとニューヨーク、どっち?」



おこたえしまーす。

「まだ、若いのだから、その冒険には意味があると思います。もちろん、若くなくても意味があります。でも、30代後半と60代後半では、意味の意味が違ってきます。たとえば、ぼくのプロ公式の最初の映画「千年旅人」ですが、その時のプロデューサーに言われた言葉が忘れられません。「辻さん、今、その年齢で映画を撮るべきです。30年後は37歳の今の感性で映画は撮れません」この言葉、その時は意味が分からなかったんですが、今は、よくわかります。ぼくの初期の映画を見直すと、「ああ、あの人が言っていた意味はこれだったんだな」とよくわかるんです。あの無謀な時代にしか撮影出来ない光が銀幕の中に取り込まれているのでした。ということで、30代後半のあなたが、退職金を注ぎ込んで、しかも、超円安のこの時代に海外に出て何かを掴もうとすることは、実に意味のあることだと思うのです。それに、リセットするのに、ちょうどいい年齢じゃないですか。この半年間の経験が、きっとあなたの後半の人生に大きな方向性を付与することでしょう。マジで、応援したいです。

ぼくは、ちょうど、30代の後半、38歳の時にニューヨークで一年間、暮らしました。素晴らしい経験だった、と思います。芥川賞を受賞したのはよかったのですが、創作の迷子になって悩んでいた時期でした。一年間、留学するような感じで、ニューヨークでの生活を選びます。66丁目、ジュリアード音楽院、リンカーンセンターの横の建物に住んでいました。毎日、朝、起きたら、セントラルパークまで歩き、途中のスタバみたいなチェーン店(コロンバスカフェだったかなぁ)でベーグルサンドとコーヒーを買って、公園の中ほどに大きな岩があって、そこに登って寝転んで、空を見上げて思考していました。楽しかったです。夜は、知り合いの編集者さんらとダウンタウンに行き、呑んで語り合っていました。夜中に、机に向かって書いたのが、映画「千年旅人」のシナリオです。書いたシナリオを知り合いのプロデューサーに送ったりしていました。小説「冷静と情熱のあいだ」のたたき台もこの頃、そこで創作しました。ぼくはあの頃、ニューヨークで、これから先の自分の道についていろいろと考えることが出来たわけです。一年間の休息でしたが、大きな意味がありました。その時、ぼくはパリに行くか、ニューヨークに行くか、悩んでいたんです。あれがパリだったら、どうなっていたのだろう、とよく考えます。でも、結論というか、結局、ぼくはどこでもよかったんじゃないか、と思うんです。東京から一度出ることが大事でした。そして、観光じゃなく、暮らすことが大事。ぼくは新聞社の特派員のビザを取得し、渡米したのです。

ロンドンでも、どこでもよかった。そういう意味で、38歳でのニューヨークは刺激的でした。日本に戻ったぼくは、39歳で映画「千年旅人」を撮影し、ベネチア映画祭の批評家週間に選ばれ、ベネチアに行くことになります。ニューヨーク滞在が無ければあの映画は生まれなかったでしょうね。そして、江國さんとミラノ、フィレンツエに行き取材をして小説「冷静と情熱のあいだ」が生まれました。42歳で、ぼくはパリに移住をします。それから今日現在までぼくはフランスで暮らすことになりました。ニューヨークがあったからこそ、今のフランス生活があると言えるかもしれません。ニューヨークは通過地点でしたが、多くの素晴らしい出会いがあり、たくさんの刺激を受けました。パリは生活地となったので正直、刺激を受ける量は少なかったです。むしろ、ロンドンの方が、刺激的でした。でも、こんなに長く、フランスに居住するとは思っていなかった。ぼくは永住権を持っています。選挙権がない以外は、ほぼ、フランス人と同じ扱いを受けています。生活地としては申し分ないと思います。刺激は少ないですが、熟考できる場所であることに間違いはありません。友人の野本とも知り合えたし、あ、でも、野本そっくりなおやじがニューヨークにもいっぱいいましたよ。笑。海外で生きている日本人たちって、共通点があるんです。外から日本を見てやるぞ、という感じ、ガッツでしょうか。出たからには、そこでなんか掴んでやるぞ、みたいな、ガッツ、マジ、すごいですよ。シェフのNOBUさんのドキュメンタリー映画をパリに戻る機内で見たんですが、埼玉から出て世界的なシェフになったNOBUさんみたいな人が、ニューヨークにもロンドンにもパリにもごまんといるんですよ。みんなすさまじい。ぼくは、パリでKENZOの高田賢三さんと仲良くさせてもらっていましたが、一念発起して世界に出たKENZOさん、やはり何とも言えないオーラと気迫がありました。だからですね、結論から言えば、どっちでもいいと思います。国を出て、外から自分の世界を見ることが出来ることが大事、今後の視野が広がるきっかけということです。ぼくも、これからだ、と思っています。あなたに刺激を受けたので、もうちょっと頑張ろうと思えました。来年、あたり、ニューヨークで暮らしているかも、・・・。ありがとう。どうぞ、スケールの大きな人間になってくださいね、応援しています。もし、パリを選ばれることがあり、路上ですれ違うことがあったら、相談窓口で読まれた俺です、と名乗ってください。笑。小さな声で、えいえいおー」

辻村相談窓口、「パリとニューヨーク、どっち?」



父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
インスタのサブスク「となりのヒトナリ」ですが、土曜日に第3回の放送をやり、なんか違うな、と思って、4日の早朝、予告なしに、第4回目の放送を一時間弱やりました。予定調和のない、実にスリリングな回となりました。参加者は30人でしたが、小さなサークルみたいでよかったです。「となり」感をどんどん、出して、ゲリラ的に、楽しんでやっていきたいと思います。
さて、いよいよ、9月4日に、新刊「泡」が出ます。たくましくよみがえった「泡」、ハンカチを用意して、ご一読ください。辻仁成の新しい世界がそこで広がります。えいえいおー。

10月22日から25日、パリ、コンコルド広場の、「モダンアートフェア」に12作品が出ます。
11月5日から、リヨンで個展です。

辻村相談窓口、「パリとニューヨーク、どっち?」

辻仁成 Art Gallery



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