ノルマンディ、ツジ村便り
辻村相談窓口「おにぎりの具」 Posted on 2026/08/30 辻 仁成 作家 パリ
おつかれさまです。
さっそく、相談窓口を開かせて頂きます。
いつも重たい質問ばかりなので、今日は軽やかにお答えしたいと思います。
今日、「となりのヒトナリ」に届いていた質問が気になったので、それについて、お答えしますね。
☆
匿名希望iさん
「辻家の美味しいおにぎりの具を教えてください。私の家では鮭に紅ショウガを入れるのが定番です」

おこたえしまーす。
☆
「おにぎりの具、というだけで、無限な可能性がそこに横たわっているのがわかります。炊き立てのご飯を結んで作るあの日本の代表的な料理、おにぎり。その中に何を封じ込めるかで、おにぎりは、もはや、ただのおにぎりではなくなるんですよね。わかります。この何でもないような質問の中に、ぼくは人類の哲学を感じとることができました。洞察力です、大事なことは・・・。
まず、最初にこういう問いかけからはじめてみましょう。
おにぎりとおむすびの違いについて、ちゃんと考察したことがありますか? 何が違って、おむすび、になり、何がどうなって、おにぎりになるのか、・・・。おにぎりという単語は、弥生時代から「握り飯」として存在していたそうです。弥生時代に、すでに「握り飯」があったってことが驚きじゃないですか。これはグーグルが検索して調査したもので、ぼくの責任で断言するわけではありませんが、AIがそう言っているので、おおよそ、間違いじゃないでしょう。弥生時代から日本人は「にぎにぎ」していたということですから、かなりの衝撃度です。握り飯が、おにぎり、になったのは用意に理解できます。どうも、握り飯というものが先で、手で握って作った飯、という推察が非常にわかりやすい。具体的なつくり方を連想させる形から「おにぎり」という呼び方が生まれたのでしょうね、はい。
一方、おむすびは、古事記にも登場するようですが、古代の日本語に「むすひ」(産霊)という言葉があり、生命の生成力を表した言葉のようですね。ここから、おむすびを神聖なものとしてとらえたという説があります。とはいえ、これをAiで調べましたが、そういう説はあるが、確定はしていない、ということでした。ま、ミステリアスでいいんじゃないでしょうか?
しかし、結ぶという単語との関係から、米を結ぶことで日本人は、握り飯の中に霊的な何かを感じ取っていたことがわかります。江戸時代の大奥では、女房言葉というのがありまして、そこらへんで、おむすび、というのが既に存在していた、とも言われています。大奥で、女たちが、米を握りながら、何かを結んでいた、と想像すると、確かに、母さんの握り飯には神秘的な何かが込められていたことを思い出すことが出来ます。母は92歳ですが、昔、あの手が握った握り飯が、ヒトナリ、を育てた、と申し上げても過言じゃないわけでして、弥生時代から現代まで、日本人はこの「握り飯」によって、心を結ばれてきた、のだ、と思えば、目元が湿っても不思議じゃありません。握る飯こそが日本人のルーツでもあるわけです。
さて、ここから思うに、「おにぎり」には「握る」ことによって、身体的、実用的、庶民的な、親しみの深さを感じとることが出来ます。一方で、「おむすび」からは「結ぶ」という文字が出て来て、人間の関係性、象徴、上品さ、縁結び、人と人のつながり、を連鎖させるというわけです。二つが合体することが大事で、「握って結ぶ」こそ、握り飯文化の根本にあるもの、と言っても過言じゃないでしょう。
話しが壮大になってきましたが、握り飯には、なぜ、三角形、俵握り、まるにぎり、などがあるのか、という次の問題にぶち当たることになります。AIに聞きましたところ、これには意味はない、ということでしたが、そうじゃないと思います。何を言ってるんだ、意味はある。三角形と丸いおにぎりに差がないとは思いません。三角形に握り飯を結んだことがある人には、あの三角がどんなに難しいがわかるはず。手の持ち方しかり、指の角度しかり、実に、苦悩と愛に満ちた、まさしく、人間的な光景です。まるとも俵握りとも異なりますし、回転の仕方も非常に複雑なんです。ぼくのは母親譲りのまる握りですが、まるを結ぶ時にはちょっと優しい気持ちが必要になります。問題は俵握りです。俵握りは円形ではなく、円筒形の角を丸めた感じ、このなんとも異常な握り方に、差はない、などと言われても、その見識が、おお間違いであることはすぐにわかりますね。まだ、自分のような若造には、その違いの究極の差を説明するだけの語彙力も感性も知見も備わっていないので、これは今後の課題として、先々に譲ることにしたいと思います。あはは。
ただ、▽であろうと〇であろうと俵型であろうと、それを握り、結んだ人々の心情は察することが出来ます。さらには、それが三角形の握り飯に変形した時、そこに、われわれ日本人は何を思うのでしょうか? 来た、三角の握り飯、・・・。こ、これは、悠久の想いに誘われてしまいますね。
前置きが長くなりましたが、質問に答えたいと思います。ぼくが好きな、辻家定番のおにぎりの具ですが、ご飯に紫蘇と胡麻をあえて混ぜたものの中に、焼いた鮭を多めに入れてにぎにぎしたものが、伝統的な辻家の「おにぎり」ということになるわけです。うちは、「おむすび」とは言いませんでした。母さんが、「ひとなり、おにぎり」といって、手渡された握り飯の中に、ジャパニーズの伝統が封じ込められていたわけです。ぼくは、それを今、息子に握ってやっています。日本の原風景というものがあるとしたら、それは「握り飯」じゃないでしょうか? 感謝をしながら、一緒に頬張りましょう。美味い! 小さな声で、えいえいおー」


父ちゃんの独り言、&、近況のようなもの。
あと、三日で、新刊「泡」が発売されます。ハンカチの準備、お願いします。号泣する準備は出来ていますか?


母こそ、人類の哲学、でした。はい。同じ顔ですよね。そっくりで、笑えますね。泣けます。母さんのおにぎり、美味しいんですよ。母の手の塩加減で握る飯、最高でした。



