PANORAMA STORIES

小説「泡」の刊行に寄せて、第二弾! 担当編集者編 Posted on 2026/10/15   

「67歳のベテラン作家が書かれた小説とは、にわかには信じられません。令和の文芸界に突如現れた、新進気鋭の若手が書き上げたような瑞々しい作品でした!」

辻仁成先生の最新刊『泡』を読み終えて、興奮冷めやらぬなか、ノルマンディーにいる辻先生にそうメッセージを送らずにはいられなかった。

辻先生は、編集者に憧れていた私が出版社に入社後初めて連載を担当させてもらった作家さんで、かれこれ10年近くのお付き合いになる。それにしても、この10年、辻先生のバイタリティーの高さにはいつも驚かされるばかりだ。

Wikipediaで辻先生のことを調べると、小説家、ミュージシャン、映画監督、演出家、画家……といった肩書きがズラッと並んでいて圧倒されるが、実際の姿はその枠にすら収まりきっていない。

普通なら小説家とミュージシャンの兼業だけでも「二足の草鞋で大変だ」と言われそうなのに、辻先生の場合は「やりたいことは今世にすべて詰め込む」と言わんばかりに、そのすべてに全力投球されている。もちろん年齢なんて関係なく、やりたいことはやりたいときに全部やるのだ。

一体いつ寝ているのだろう。「実は、分身の術とか使えるんですか?」と本気で尋ねてしまったことが何度もある。

そんな漲るパワーと新しいことをスポンジのようにどんどん吸収していく感性の若さは、出会った当時20代そこそこの私から見ても、常に眩しかった。というか、眩しすぎた。
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冒頭の『泡』の感想は、よくある担当編集者から作家へのおべんちゃらではなく、心からの賛辞だ。

『泡』は、儚く美しい青春時代を、悩み葛藤しながらも真摯に生きる、しゅうとアカリの物語。

魅力的な登場人物ばかりだが、私のお気に入りはヒロインのアカリ。20代で上京したての頃の自分と彼女を重ね合わせながらページをめくった。

置かれている環境も生い立ちも自分とは違うはずなのに、それでも彼女に引き込まれずにいられなかった最大の理由は、アカリの葛藤一つひとつに、痛いほど共感できたから。

私はいわゆるアダルトチルドレンで、幼少期、思春期に受けたトラウマと傷は、30代半ばになった今も、まだ癒えていない。

だからこそこの30数年、「自分は破天荒な親とは違って、社会的にも人間的にも、ちゃんとした立派な大人になるんだ」と必死に言い聞かせて頑張ってきた。

小説「泡」の刊行に寄せて、第二弾! 担当編集者編



中学2年生の頃、「父に経済的に依存するしかない母のようになりたくない」と思い立ち、頑張って、ノイローゼになるほど勉強した。学校では生徒会長も務めた。その後、編集者を志し、アルバイトで食いつなぎながら夜行バスで東京に通い、2年間の就活を経て、やっとの思いで出版社の内定を掴み取った。そして編集者になってからも、家族も頼れる人もいない大都会で女一人、がむしゃらに働き続けてきた。

こんなに頑張って頑張って頑張って、息切れしながらも走り続けてきたのに、ふと気づけば、過去に受けた傷も、自分へのコンプレックスも、将来への不安も、何ひとつ手放せないまま抱え込んでいた。

そんな苦しみの無限ループの中にいる私に、小説『泡』は、過去でも未来でもなく、泡のように儚い”今この瞬間”を真摯に見つめることの大切さを教えてくれた。

アカリとの将来に悩むしゅうに、地下道の仙人はこう語りかける。

《生も死も人間が作った観念。だから、生きているすべての人間は生も死の瞬間も知らないことになる。結論を言えば、苦しんでいることも幻に過ぎない。なのに人間が苦しいのは、ひたすら観念に振り回されてしまっているからだ》

《過去は捨てろ。それは後悔だ。未来や夢なんか持つな。それはただの期待に過ぎない。逆に、今を切に生きろ。分かるか、お前に永遠があるとするなら、それは今にこそある》

今度は「仙人の名言集」を出版してもらいたいくらい、彼の言葉はハッとさせられるものばかりだ。

「過去を振り返るな」というのはよく聞くけど、「未来や夢なんか持つな」と言い切ってしまうとは……!さすが仙人(≒辻先生)!!

私を含め、今の若者世代には“行き当たりばったりの精神”や“思いっきり青春を謳歌する時間”があまりにも足りていないのではないだろうか。それも無理はない。生まれてからずっと不景気しか知らず、SNSを開けば見ず知らずの誰かの煌びやかな生活と比べられ、限られたお給料の中からNISAやiDeCoで老後資金をやりくりしなければならない。いつも将来への不安や焦りに追われ、恋愛も結婚も出産も、怖くて二の足を踏んでしまう。

もし私と同じようにそんな不安や重圧を抱えている人がこの文章に巡り合ってくれたなら、騙されたと思って『泡』を手にとってみてほしい。

今自分が悩んでいる不安は、自分が勝手に作り上げた幻みたいなものかもしれないと、少し心が軽くなるはずだ。儚くも美しい今この瞬間を全力で生きるしゅうやアカリの姿から、きっと一歩踏み出す勇気をもらえるだろう。

それにしても、こんなにも青く瑞々しい青春小説を67歳で書いてしまう辻先生には、羨ましさすら覚えてしまう。けれど、羨ましがってばかりもいられない。生涯青春真っ盛りな辻先生に負けないよう、私も私だけの「今」を、思いっきり生きていきたい。
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筆者、匿名希望、マダムU
プロフィール、京都出身。都内の出版社に勤務、女性誌で辻仁成の連載を担当。

小説「泡」の刊行に寄せて、第二弾! 担当編集者編



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