連載小説

滞仏日記、第一章「哲学の路地」、1 Posted on 2026/11/09 辻 仁成 作家 パリ

リヨンからパリに戻ったぼくは六区の画廊街を歩き、なじみのギャラリーに立ち寄っては、そこの偏屈な画廊主にささやかな言葉を手向け、だからといって話が弾むわけでもなく、次第に目のやり場に困って、壁にかかったそれなりの意味を描いた数枚の油絵に仕方なく視線を投げかけ、またしても、うすのろな時間をやり過ごすことになった。
パリにいるあいだは、だいたい、時間が出来ると、画廊街を彷徨する。そして、カンバスに描かれた意味をくみ取ろうとするのだけれど、饒舌な絵が多くて、目のやり場に困ることも多い。ブリュノ・ルドヴィックの画廊は20平米もないので、長居はできないし、ブリュノがそもそも無口なのと、ぼくの仏語力のせいで、会話が長続きすることもないから、次第に、そこにいることに焦りを感じ、10分も経つと、どうしていいのかわからなくなる。
ブリュノは絵を探しにやってきた観光客らしき客に対して、英語で作品の説明をし始めるが、自分の作品をこういう風に作者ではない人間が説明するのを横目にすると、いつも少しだけ奇妙な感覚にとらわれる。画廊は絵を売る場所だから、不在の作者に代わって、作品の背景を説明するのは、当然の仕事だとしても、いったい作者でもない人間がどういう理解をもとに作品の根底にあるものを説明できるのか、絵を描く人間にはいささか興味深い。ブリュノの仏語訛りのある英語を聞きながら、彼の仕事ぶりを判断するのはぼく自身の好奇心からだが、はたして、作者はそんな風に思っているのだろうか。この初老のギャラリストがもっともらしく語る作品の背景に、ぼくはいつだって、微笑みを誘われてしまう。
もっとも、だんだん、このような感覚にも慣れてきた。絵というものが、作家にとってのそれと、画廊側にとってのとでは異なることを次第に理解できるようにもなってきたからかもしれない。
客がいなくなると、ブリュノはそこにまだ居残っているぼくの存在に気が付き、近づいてきた。
ブリュノと知り合ったのは、お互いの犬が、道の上でお互いの匂いを嗅ぐ彼らの本能の交換が一つのきっかけで、それが、数度繰り返されるうちに、顔なじみになり、彼が画廊主であること、自分が絵を描いていることから、ある日、作品を見てもらったり、画廊の内覧会に招かれたりするような関係に発展した。とはいえ、彼の画廊でぼくの作品が展示されるようなことにはならない。ブリュノの画廊には、ブリュノのスタイルがあり、ぼくにはぼくの絵の見せ方もあるので、一定の理解は共有しつつも、それが仕事に繋がることもない。つながる場合もあるが、少なくともぼくの絵はここの壁にかかるイメージがどうしてもわかないし、彼も、きっと同じ認識であろう。けれども、ここにぼくが立ち寄るのは、この場所が持っている画廊街独特の雰囲気に、どこか特殊な安らぎを覚えることが出来るからかもしれない。それが何か、説明は難しいが、うっすらとした自覚のようなものがある。そこはかとない匂いに辿り寄せられ、なぜか、パリに来ると、彼の画廊に立ち寄るようになった。それだけの関係で、この界隈には同じような顔見知りの画廊主が数人おり、きっと、皮肉屋のぼくにとっては、それなりに心地がよいのかもしれない。

滞仏日記、第一章「哲学の路地」、1



ぼくがこの画廊街に小さなアトリエをかまえたのは、どうせなら、人が集まる画廊街にほど近い場所がいいだろうという寂しさによるもので、この界隈の空気に触れながら、孤立を癒し、ここに屯する芸術関係者から、或いは、ここの街に展示された作品たちからなにがしかの触発を受けたり、或いは、創作の気分転換などが出来ればいいと思ったからに他ならない。
サンジェルマン・デ・プレやオデオンに隣接する画廊街にささやかな接点を持つようになって、もう四半世紀の年月が流れている。ブリュノの小さな画廊の壁に出来た光のまだら模様を見つめながら、さて、どうしたものかな、とぼくはまた考えている。この、どうしたものかな、という思考の中には、これからのことも含まれているし、これまでのことも混じっているが、明確な回答を得るための出口からは実にほど遠い。
ここら辺をうろつきながら、誰かが描いた絵を覗き込んでいるが、めったに心を揺さぶられるということもなく、時間の無駄ばかりが続き、心をわずかながら干からびさせている。出来ては消えるような泡のような世界にいる自分の意味に関して、ここの場所に、ぼくを導く光がないことだけは、いつの頃からか悟っている。ブリュノと握手をし、そこを出た。
・
そのまま、オデオン駅の方まで歩き、行きつけのカフェのテラス席に腰を下ろして、コーヒーに口をつけ、行き交う人々を眺めることにした。
自分はどうしたいのだろう、と考えない日はないが、こうしたらいい、という明確なビジョンというものもない。けれども、作品のヒントはどこからともなくやってきて、時間が経過する中で、それらは一つの形になっていく。目の前をよぎっていく無数の人々がぼくに投げかけるものは、面白いことに、ぼくの思考の中に、様々な、いい意味でも悪い意味でも、創作意欲を届けてくる。この人たちは誰であろう。彼らの人生をぼくは知ることもないし、知りたいとも思わないが、この集団的交差が、ぼくの中にささやかな問いかけを生じさせる。この交差はこの通りが賑わいだした大昔から今日まで途切れることなく続いていて、しかも、似たような光景の中に、一つとして同じパズルが重なりあうような絵を拵えたことがない、という点で奇跡と言えるかもしれない。ぼくの口角がわずかに緩む。これがこの世界の正体であり、ぼくはそこを見逃すことがない。スケッチブックを取り出し、先を急ぐ人々の向こう側に佇む街角の風景を描いた。ぼくのスケッチの中に人はいない。ぼくの視界をシャッターする人間は描かない。ぼくはそういう絵をここでずっと描いてきた。もう、長いこと、描いてきた。人間を描きたくないのではなく、あわただしいものを排除することで、見えてくるもう一つの世界の輪郭がそこに封じ込められるという仕組み。人間に興味はあるが、人間が怖い。それは今も昔も変わらない。2026/11/08(A)

滞仏日記、第一章「哲学の路地」、1

「作者からの報告」
この新連載は、2015年くらいから2025年まで10年間続いたもともとの「滞仏日記」(現在、非公開)にヒントを得て、小説のような哲学のような日記のような散文の集合体を目指して、新たにスタートすることになりますが、時々、時空がねじれて、2015年や2018年のある日が出現する可能性もあります。十分に、ご注意ください。



辻仁成 Art Gallery

滞仏日記、第一章「哲学の路地」、1

自分流×帝京大学

posted by 辻 仁成

辻 仁成

▷記事一覧

Hitonari Tsuji
作家、画家、旅人。パリ在住。パリで毎年個展開催中。1997年には「海峡の光」で芥川賞を受賞。1999年に「白仏」でフランスの代表的な文学賞「フェミナ賞・外国小説賞」を日本人として唯一受賞。愛犬の名前は、三四郎。