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パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」 Posted on 2026/09/05 Design Stories  

 
パリの地面には、直径わずか12センチの小さなパブリックアートが、なんと135個も隠れている。「ARAGO」と刻まれた、青銅のメダルだ。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」



 
かなり控えめなARAGOのメダル。しかも、まったくと言ってよいほど目立たないため、多くの人がこれに気づかないで歩いているのではないだろうか。
実はこの小さなメダルは、パリを通る“ある子午線”を示している。天文学者ARAGO(アラゴ)の名前も刻まれていて、北と南の方角がはっきりと描かれているのだ。

子午線とは、北極と南極を通る大円のことだが、パリ子午線がはじめて定められたのは、1667年6月21日、夏至の日のことだった。子午線はフランスを、北のダンケルク~南のペルピニャン付近まで縦断しているという。※パリ天文台は、この子午線を建物の軸として建設された。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」

 
それでは、パリのどこでARAGOのメダルを見つけられるのだろう?
メダルはパリのほぼ中心を通っていて、約9キロにわたって続いている。通過するのは、北から18区、9区、2区、1区、6区、そして14区。例でいうとルーブル美術館、パレ・ロワイヤル、リュクサンブール公園、パリ天文台周辺などだ。
地面に設置されたメダルの数は合計134個で、残る135個目は、14区のアラゴ像がかつて立っていた台座に収められている。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」



 
パリ1区、ルーブル美術館そばにあるメダルは中でも見つけやすい。先日、私も実際に探してみたところ、ガラスのピラミッドのすぐ後ろにそれがあることが分かった。

「なんて控えめなパブリックアートだろう」
見つけたときには正直こう思ったが、逆にいえばパリの足元の景観をまったく邪魔しないデザイン。ただ、ARAGOのメダルと知らなければ、その存在に気づく人はやはりいないと感じる。周囲に壮大な建造物があるせいか、目線も上に上にと行ってしまう。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」

※ピラミッドの後ろにはメダルが2つあった

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」

※今度はパレ・ロワイヤルへ

 
ルーブル美術館から歩いてすぐのパレ・ロワイヤルでも、メダルを見つけることができた。ここは美しい回廊と、ストライプ柄のアート「ビュランの円柱」が目を引く場所だ。 そんなパレ・ロワイヤルを歩いていると、足元に突然「ARAGO」の文字が現れる。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」



 
とはいえ、メダルを眺めているのは自分一人だけで、多くの人はその存在にやはり気づいていない。見つけると宝探しのようで面白いのだが、パリにはこういう「知らなければ気づかないもの」が本当に多いのだ。 建物の壁に残る旧式の通り名プレートもそうである。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」



パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」

 
では、最後に「ARAGO」とは一体何者なのか? をご紹介したい。
冒頭で触れた天文学者フランソワ・アラゴは、パリ子午線の測量(延長)に深く関わった人物。フランス革命後には、長さの新しい基準として「メートル」が定められ、その基準を決めるためにパリ子午線の測量が行われたという。

そんなアラゴへのオマージュとして、1994年にパリの街に置かれたのが、この小さなメダルなのであった。
制作したのはオランダ人アーティスト、ヤン・ディベッツ。世界の主要な美術館で作品を発表してきた彼は、「遠近法」や「地平線」を重要なテーマとしていたそうだ。
 

パリ・アート情報「パリの地面に謎のメダル、“ARAGO”」

 
ARAGOのメダルは、パリのパブリックアートとしては地味なほうかもしれない。さらにすべてが当初のまま残っているわけではなく、長い年月のあいだで盗まれたり、舗装のためにコンクリートで上から覆われてしまったものもあると聞く。
それでも、パリの街に「幻の一本の線」が走っているというのは興味深い。同時に、パリのパブリックアート、その自由な表現方法にもあらためて感心してしまった。(大)
 

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