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滞仏日記「息子の背後に潜んで操る女のかげに怯える父ちゃん」 Posted on 2020/11/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、実は、息子が音楽系の大学への進学を諦めて、法律系の大学に進学することをすんなりと決断したのは嬉しかったが、でも、それが割と急な方向転換だったせいもあり、なぜだろう、という疑問が付きまとうことになる。
思えば、彼の意見はこと進路に関して二転三転することが多く、もともと、そういう性格ではあるのだけど、しかし、気になることがあった。
息子との会話に時々登場するEという女性の影響があるような気がしてならない。
べつにEのだけど(洒落です)、なんとなく、今日、探りを入れてみることにした。
というのも、息子が不意に、フランスでトップの法律大学への進学を宣言したからである。宣言するのは自由だから、反対はしなかったが、もちろん、ダメでも、大学はいくつもあるので、上を狙う分には問題はない。
でも、その大学は有数の大学で、正直、あの子がどんなに頑張っても足元にも及ばないレベルだということくらい、いくらフランスの教育に無知なぼくにでもわかろうというものだ。
なのに、不意に、そこを目指したいと言い出した。勉強をする気になったということは嬉しいけど、…理由を親としては突き止めたかった。さりげなく…。



「ほら、進路のことで君に時々アドバイスをしてくれるというガールフレンド君、何て名前だったっけ?」
夕食の時間に、さりげなく、さりげなく、訊いてみた。
「ガールフレンド? いないよ」
「時々、呼び出されてデートしてる子、いるじゃん。年上の子で、どこだかの大学生だったと思うけど」
息子がぼくを睨んだ。
おっと、この辺はさりげなくコマを進めないとならない。用心用心火の用心…
迂闊に問い正すと、思春期の青年なので、ひねくれるに決まってる。
ぼくはワインを飲んで、うまいなぁ、このワイン、やっぱブルゴーニュのワインは最高なんだよな、と話題を変えつつ、自然な話しの流れにもっていくよう調整した。



食事が終わる頃、息子が一人の女性の名前を口にした。
「あ、そうそう、そんな名前の子だったなぁ」
「ガールフレンドとかじゃないよ。大事な友だち」
「友だち、友だち。いいね、年上の女性、何でも相談できるし」
息子に睨まれたので、慌てて、話しをはぐらかすしかなかった。
「このワイン、安いんだよ。なのに抜群にうまいし、青年、飲んでみるか?」
「未成年」
「だよね」
あはは、と笑って誤魔化した。
「なんで、彼女のこと訊くの?」
「え? いや、お前が急にあんな凄い大学目指すとか言い出したから、どういうアドバイスをしたのかなぁって、思っただけだけどね。そういう頼りがいのあるガールフレンドがいるなら、パパ、安心できるし、オッケー」
息子、警戒している。ぼくの目は泳いでる。息子の目は座ってきた。やばい…。



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この子は、こうやっていろいろと詮索されるのが嫌なのだ。
性格知り尽くしているんだけど、二人暮らしだから、つい、追及してしまうそういうところ、確かにぼくの悪い癖かもしれない。
だから、息子はいまだにツイッターやインスタのアドレスをぼくに教えてくれないし、スポーティファイで音楽を配信している彼のユニットの名前も秘密にしてる。
教えて貰えない尽くしで、この信用のなさったら、えへへ…。



「パパ、彼女はぼくのことを親身に思ってくれる人の一人で、自分も学業で相当に忙しいのに、貴重な時間を割いてくれて、いろいろと相談に乗ってくれて、ぼくのモチベーションとか、方向性とか、性格とか、将来とか、この国でどうやって生きていけばいいのかまで、パパには逆立ちしても絶対出来ないような、アドバイスをくれる大切な人なんだよ。別に、あの大学はぼくが自分で探して、どう思うって、聞いたら、いいんじゃないのって、言ってくれただけで」
「あ、それは有難いね。パパにはアドバイス出来ないから」
「そうだよ。パパは何にも知らないし、フランス語も18年もこの国で暮らしているのにちゃんと喋ることが出来ないんだからさ、余計な口出ししない方がいいよ」
カッチーーン。
「だいたい、ガールフレンド(?)とか、そういう言い方で、探りを入れてくるところが姑息なんだよね、いつも。なんだっていいじゃん。パパは人の心配より自分の心配しなよ。そういう性格だから誰も寄り付かないで、孤独なんじゃないの?」
カッチーーーン。
「女友だちも男友だちもぼくには区別がない。それ、ある意味で性差別だよ。分かってる? 息子の女友だちのことまで詮索する暇があったら、自分こそガールフレンドの一人でも見つけてごらんよ。その前にフランス語でしょ、フランスで生きてるんだから」
カッチーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!



ということで、悔しいけど、この話しはそこまでとなった。
息子と二人で生きてきた。もう何年もこうやって二人でご飯を突いてきた。
ぼくらは一緒に居過ぎるのかもしれない。
しかも、今年はロックダウンで、しかも、もうすぐ受験だし、彼にとってはもっとも大切な時期に突入している。
なのに、こういううるさいオヤジがいて、ある意味ストレスを感じていることくらい容易に想像が出来るだろうがぁ! (←自分に言うてます)
でも、つい、口を挟んでしまうのは、親だから仕方ないよね? ←自分に、…
食器を洗いながら、ぼくはクレイジーキャッツの植木等さんが歌っていた「学生節」を思い出し、独りぼっちのキッチンで、思わず熱唱してしまった。
『一言文句を言う前に、
ホレ親父さん、ホレ親父さん
あなたの息子を信じなさい
ホレ信じなさい、ホレ信じなさい』 

滞仏日記「息子の背後に潜んで操る女のかげに怯える父ちゃん」

※今日は筑前煮にしました。まる。

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