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滞仏日記「離婚した両親、そのあいだにいる、子供たちのクリスマス」 Posted on 2020/12/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、遂に約束の日が来た。
ニコラとマノンのために我が家(仕事場の方)でささやかなクリスマス会を開いた。
彼らの両親はいわゆるコロナ離婚をし(もともとうまくいってなかったのは知っていた)、ニコラとマノンはフランスの法律に従って、親の家を行き来する生活をおくっている。
ま、離婚したばかりで、今年は家族でのお祝が出来ない。
おじいちゃん、おばあちゃんの家にも、コロナがあって行けない。
そこで、うちにおいでよ、ということになった。



ロックダウンが解除された日から夜間外出禁止令が出ているフランスだが、24日、クリスマス・イブだけはこの禁止令が解除されるのである。
フランス人にとってクリスマスは日本人の正月にあたる。25日は全ての商店が休みとなるのだ。(逆に正月は新年を祝う日であり、二日からもう世の中は通常通りに動き出す)
ご両親も誘っていたけど、ぎりぎりまで、返事があいまいだった。
「行けたら顔出します」とお父さん。
「お迎えには行きます」とお母さん。
やれやれ。多分、4人で集まりたくないのだろう。
お父さんの方には新しいガールフレンドがいる。とマノンが言っていたので、来づらいのも、わかる。
でも、来るかもしれないという微かな予感もあったので、大人も子供も食べられる料理を父ちゃんは用意したのだった。えへん。



ニコラとマノンは夕方、二人で、やって来た。
勝手知ったる辻家なので、ずかずか上がり込んで、好きな場所で、ごろごろしはじめた。
ニコラはiPadで友だちと通信ゲームをはじめた。
マノンはワッツアップでやはり友だちたちと通話しだした。
息子は自分の部屋で仲間たちとスカイプ。
子供たちの声が飛び交ったが、三人は別々の場所で、それぞれの友人らと盛り上がってる。
なんじゃ~???

おいおい、なんのためにここに集まったのかな? 
そりゃあ、プレゼント目当てでしょ? ←神の声。あ、そうだ。たしかに。
ということで、プレゼントを先に渡すことにした。
息子とニコラとマノンを呼び集め、
「ツリーの下に、プレゼントがあるぞ~」
と大号令をかけた。
「え? マジ?」
一番最初に飛んで行ったのはニコラだった。
マノンと息子はそわそわしている。
大中小と三種類の大きさのプレゼントを用意しておいた。
「ええとね、一番大きな箱がニコラ、中くらいのがマノンだよ」
すると息子が、
「え? 僕が一番小さいの?」
と微笑みながら言ったので、サンタが決めたんだ、パパのせいじゃない、と言っておいた。
というか、息子は中身をうすうす知っている。
三人はツリーの前で、プレゼントをあけはじめた。
ニコラは「スターウオーズのレゴ」、マノンは「香水セット」、そしてうちの息子は「iPod(iPadじゃない、iPod。最新型のイヤホンね)」だった。

滞仏日記「離婚した両親、そのあいだにいる、子供たちのクリスマス」



実は事前に調査済み、ニコラのお母さんから情報を得ていた。
息子には最近欲しいものは何か、前もって聞いておいた。変なものをあげても、喜ばない年齢なのだ、面倒くさい…。
なので、三人とも大喜び。
正直、マノンの香水セットだけは買うのに、ちょっと勇気がいった。
店員さんに年齢、傾向、マノンが好むファッションなどの情報を伝えて、一緒に選んでもらったのだ。助かったぁ。
今時の子はませているので、大人が付ける香水と同じものじゃないと喜ばない。
やれやれ、大金を叩いてしまったじゃないか~。笑。



さて、今日の料理もクリスマスだから大奮発した。
ここまで豪華にするつもりはなかったのだけど、考えて見たら、今年はコロナでなんにも楽しいことがなかったし、あんまりお金を使うこともなかった。
コロナでずっと家から出られない子供たちに、今まで食べたことのないようなものを食べさせてあげたかった。
ちょっと勉強を兼ねて、「子ども扱いをしない食事会」を演出したのだ。
忙しかったので、作った料理はあまり多くなく、日本のおせちのように、デパートでまとめ買いをした。←経済を回すために、頑張った父ちゃん。いいわけである。
お肉はパンタード(ほろほろ鳥)のファルシにした。
クリスマスくらいしか食べることのできないちょっと高級な鳥で、その中に、ソーセージやハンバーグのような肉類の具が詰めてある。
ジューシーでとっても美味しいのだ。
栗とジャガイモのソテーを付け合わせに添えた。これは手作り! えへん。

滞仏日記「離婚した両親、そのあいだにいる、子供たちのクリスマス」

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牡蠣も一応、用意したけど、苦手だったらパスタにしてあげようと思っていた。(結局、パスタになった。超勿体ない!!!)

滞仏日記「離婚した両親、そのあいだにいる、子供たちのクリスマス」

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どれも食べられないといけないので、その時のためにチキンカツは手作りしておいた。
野菜は、インゲン、キノコ、人参、キャベツなどいろいろと揃えた。
パンはバゲットとパン・ド・シャテーニュ(栗のパン)の二種類。トリュフ入りのタラマを塗って食べる。



今回のスペシャルは、自分が食べたかったペリゴール地方の黒トリュフ一個(実は目が飛び出るほど高い)。これをパンタードのファルシの上にスライスしてかけて食べる。
贅沢品だけど、年に一度のご馳走なので、あと、これはぼくへのご褒美に。えへへ。
スライスをして、パスタにかけてもいいし、リゾットに合うし、ぼくはスライスした黒トリュフを塩バターを塗った栗のパンに載せて食べるのが好き。
ニコラが黒トリュフを削りたいと言い出し、大騒ぎになった。

滞仏日記「離婚した両親、そのあいだにいる、子供たちのクリスマス」

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一削り、いくらになるのか、思わず頭の中で計算してしまう父ちゃん! 笑。(動画はインスタにアップ済)
そして、ケーキはぼくが最近、一番気に入っている「ユゴー&ビクトール」のチョコレートムースケーキだった。(これは、超美味かった! なので、一瞬で消えた! 笑)

滞仏日記「離婚した両親、そのあいだにいる、子供たちのクリスマス」



19時少し前に、ドアベルが鳴ったので、インターホンを覗いたら、うわあああああ、と思わず声が飛び出してしまった。
なんと、ニコラのお父さんとお母さんが一緒にやって来たのである。一緒だ!!!
あとで聞いたことだけど、クリスマスだから「休戦協定を結んだ」というのだ。
英国とEUもブレグジット合意したことだし、マクロン大統領も快復したし、よかったよかった、と胸を撫でおろす父ちゃんだった。
でも、一番喜んだのはニコラだった。
自分の右側にママを、左側にパパを座らせ、上機嫌で「黒トリュフの削り方」を二人に講釈していたのだから…。
いいんですか、こんなに? という顔をしてみせるお母さん。
「ニコラ、パパはちょっとでいいよ」とお父さん。
「いいや、ニコラ、がんがん、削って大丈夫。みんな揃っためでたいクリスマス・イブなんだから、遠慮しないでいいんだよ」と痩せ我慢の父ちゃん。笑。
「ほらね、ムッシュは気前がいいんだ」となんにも知らないニコラ君。
ニコラは両親のパンタードのファルシが真っ黒になるくらいトリュフを削っていた。やれやれ。
お兄ちゃんになった息子は肩を竦めて笑っていたけど、この子もこういう少年の時代があったのだ。それも、そんな大昔のことじゃない。光陰矢の如しである。
ぼくはとっておきのシャンパンを冷蔵庫から持ち出し、抜栓し、ニコラのパパとママのグラスに注いだ。
子供たちはコーラで、大人はシャンパンで、
「メリークリスマス!」
と祝いあった。

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