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退屈日記「息子が泊まりに行きたいと言い出し、カチーン再発のクリスマス」 Posted on 2020/12/25 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、ニコラとマノンがほのかな幸せを抱えて家路についたのはいいのだけど、実は、我が家はクリスマス直前に、不協和音事件が発生していた。
事件は、23日の夜におきた。ご飯の準備をしていると、息子がやって来て、ドアをノックした。
この「ドアをノック」する時は必ずとんでもないお願いをする時と限られている。
振り返って戸口に立つ息子を見て、なんかあるな、とすぐに察した。
「ちょっといい?」
ほら、なんか、ある。これは注意をしないとならない。
「アンナの家に大晦日に泊まりに行ってもいい? 友だちがみんな集まってカウントダウンするんだけど」
「ダメ」
これはダメでしょ? 
ぼくはそれ以上、何も言えなかった。
こういう返事が戻ってくることを分かっていて、聞きに来た息子にカチーンとなった。



息子はドアの横にずっと突っ立っている。
無症状だけどウイルスを持っている子がいる確率は高い。
一晩、みんなで雑魚寝をするのだ。
この日記でも度々書いてきたけど、アンナのご両親は高校の教員なので、彼らの家に泊まりに行くことは今まで認めてきた。
アンナもとっても賢い子だし、幼い姉妹たちとも、優しい子ばかり。問題はない。
でも、ダメ、なのは説明する余地のない事実だ。
可哀想だけど、認めるわけにはいかなかった。
「自分で考えろ、ダメでしょ。こんだけ感染してるのに」
フランスの子供たちがどれだけ辛い青春を送っているのか、理解出来る。
遊びまわりたい年ごろなのに、家から出られないのだ。
しかも、今は冬休み期間なので、学校もない。
子供たちが不憫ではあるけど、ぼくも若くないので、ウイルスを持ち込んでもらうわけにはいかない。
「ダメだよ」
とだけ言ったら、彼は、分かった、と言って、自分の部屋に戻って行った。
すまない、とは思ったけど、やるせなかった。



その夜も、昨日のイブも、今朝も、息子が暗い。
もともと、おはよう、と言っても何も言わない子だけど、ますます、暗くなった。
昨日のニコラとマノンとの楽しい会食の時にさえ、時々、顔を両手で隠して、悩んでるような仕草をした。ため息ばかり、ついている…。
ニコラのお母さんが、「大丈夫? どうしたの?」と訊いていたけど、理由を知っているぼくは、そのことから目を逸らすしかなかった。
息子は、偽の笑顔をニコラのお母さんに向け、その場をごまかしていたが、ほとんど食べずに自分の部屋に戻って行った。
これは、しょうがない。



フランスはロックダウン解除とともに、再び感染拡大がはじまり、一日の感染者数が2万人を超えた。このまま行くと、再ロックダウンも免れない。
しかも、変異種がイギリスで出現し、欧州はパニックになっている。
デンマークではすでに市中感染が確認された。
ワクチンの承認はおりたけど、まだ、どのくらい有効か、どのくらいの希望に繋がるのか、何とも言えない状況が続いている。
今は、じつは気が緩み勝ちな時期で、ここはがんばって引き締めないとならない。
みんなでカウントダウンをやりたい気持ちもわかるけど、残念だけど、今年は絶対許可することが出来ない。
息子は言いたいのだろう。
『ニコラやマノンをうちに呼んでクリスマス会をやるのに、自分は何で、アンナの家で、友だちたちと新年を祝えられないのか』



アンナの部屋に毎回、十人くらいの子供たちが集まり夜明かしをする。いわば、雑魚寝の会だ。
みんな寝袋を持って集まる。息子に一つ寝袋を買ってあげたことがある。
でも、換気の悪い部屋で、子供たちだけで大騒ぎをすれば、感染する確率は高い。
2、3時間程度のニコラやマノンのクリスマス食事会とはわけが違う。
息子もよくわかっているけど、微かな希望を持ちたかったのだろう。
フランスでも、多くの子供たちが心を病んでおり、これが、社会問題になっている。
子供の自殺も増えている。
すべてコロナというわけじゃないけれど、コロナが引き金にはなっている。
いきなり、世界が一変したこの状況に悲観的になる人が増えるのも当たり前なのだ。
今日の夜、ぼくは息子にこの問題をきちんと話して、フォローアップするつもりでいる。
ダメだけではなく、言葉できちんと話し合い納得させておくこと、そこに、少しでも希望を持たせる必要がある。
今日は、クリスマスなので、朝から教会の鐘の音が響き渡った。
人々の祈りが天に届きますように。

退屈日記「息子が泊まりに行きたいと言い出し、カチーン再発のクリスマス」

※前回7月のお泊り会の時の日記はこちらから⬇️
https://www.designstoriesinc.com/jinsei/daily-704/

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