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滞仏日記「自分の住処をイメージする。パリ的インテリア術」 Posted on 2021/02/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、朝9時にバタンとドアが閉まる音、え? 
息子が外出したんだ、と思った。朝の9時に? 冬休みなのに? 窓際に走り、通りを横断する息子に向かって、
「ランチはどがんするとか~」
と博多弁で叫んだ父ちゃんであった。
「食べてくるから、気にしないで!」
ということで、世話する人間がいなくなり、ならば父ちゃんも出かけよう、と10時に家を出て、田舎の家のインテリアグッズを探しに、家具屋とか骨董屋とか照明器具屋とかを巡ることになる。
何が楽しいかって、やっぱ内装を自分の好きな世界に統一することくらい楽しいことはないよね~。えへへ。
離婚の直前、ぼくはキッチンを一人で全部作った。
しかし、不意の離婚で、泣く泣くそれを次の住人に譲ることに。その人たちはスエーデン人だったけど、「あなたはセンスがあるわ。ありがとう。出来立てのキッチン、嬉しい。仕事で日本に戻らないとならないなんて、残念ね」と言われた、苦い思い出。しゅん、…。
あの時はIKEAに一人で行き、そこにあるパソコンを使ってビスの一本まで自分で選んで作り上げた。真っ黒のキッチン、モダンだった。
本当に愛すべきキッチンだったが、完成した月くらいに離婚届けが届いたのだ。

滞仏日記「自分の住処をイメージする。パリ的インテリア術」



そこを翌々月に越したのは、そのキッチンを見ているのがつらかったからでもある。
人生って、所詮こういうものだ。でも、自分が買ったアパルトマンならば売らない限り自分のものなので、壁に穴をあけようと、その壁を壊そうと、そこに何を取り付けようと好きに出来る。
独身なので、離婚することもないし、笑、本当に好きなようにキッチンを作ることが出来る。実に素晴らしい。
いつか、そこで2Gクッキングも撮影したいし、何より、そこで自分のために料理したい。リサやロベルトやアリスやブリュノ、ニコラやマノン、ママ友やパパ友たちも招くことがも出来るじゃないか。楽しい夢が膨らむ。
今はコロナ禍の絶望の中にいるけれど、そこには希望がある。ぼくは胸を張って、過去の悲しい記憶を拭い去り、インテリア~、インテリア~と小躍りしながら、歩いた。



滞仏日記「自分の住処をイメージする。パリ的インテリア術」

ランプ屋に立ち寄り、家具屋も回り、骨とう品の店にも顔を出した。
ぼくが行く店は、言っとくけど、インテリア雑誌に掲載されるような立派な店じゃない。掃除なんか絶対しない、きったね~店ばかりである。

床の上に積み上げられた皿、無造作にぶら下げられた照明器具、額縁に入ってない芸術品、ゴミなのか家具なのかわからないようなものばかり並んでるインテリアショップ、…。
しかし、これがおしゃれな高級ブティックに行くと10万円するようなものが、そこだと5000円とかで買える。いや、マジで。
ただ、粗雑に置かれているだけで、実は凄いものもある。掘り出しものの宝の山だ。

滞仏日記「自分の住処をイメージする。パリ的インテリア術」



滞仏日記「自分の住処をイメージする。パリ的インテリア術」

地球カレッジ

ぼくはインテリア好きだから、デザインストーリーズなんて名前のウェブサイトを立ち上げた。
最初の頃はフィンユールの椅子を探す旅に出たり、デンマーク家具を巡る記事なんかもよく書いた。
だから、仲良しのインテリア・デザイナーも結構いる。
みんな、ぼくの先生のような人たちだけど、でも、ぼくは彼らに頼らない。
自分が気に入ったものを自分で探し出し、人の力を借りないで、全て自力で、昔みたいに、世界を作り上げたいのである。
そのことは、フランスで学んだことかもしれない。
フランスはデザインの先生だった。
彼らはインテリアの天才である。

滞仏日記「自分の住処をイメージする。パリ的インテリア術」



しかし、フランス人って、ケチでね、笑。
しかも、日曜大工とか大好きだから、大概のことは自分たちでやってしまう。
壁のペンキ塗りだってなかなか上手だ。ぼくはさすがに壁紙とかペンキ塗りのような大変なことは内装屋さんに任せるけどね。
その地域で一番若くて人気のインテリアデザイナーを探し、直談判した。
ジェロームは日本の文化が大好きで、今はぼくが奏でたボレロの動画をこよなく愛してくれている。奥さんと一緒にぼくの演奏動画なんかを見てくれている。
まず、そこに住む人間のことを知ることが、インテリアの基本だ、とジェロームは不動産屋に紹介された時に熱く語った。
まだ知り合ったばかりだけど、もう10年来の友人みたいな感じがする。※「孤独孤独ってパパはいつも言うけど、結構、仲良しばっかだよね」と息子。たしかに、笑。



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※これがルロア・メルランだ。かなり広くて、とにかく、素材の数が半端ない。一日、ここに籠ってペンキや取っ手や蛇口とかタイルを探している。えへへ。

ジェロームと相談をして、ペンキの色を決めた。
ルロア・メルランという大型の大工道具屋? 建築素材屋?があり、見た目はIKEAに似ているけど、そこに行き、壁のペンキを選んだ。
こういう面倒くさい地味な仕事が好き。
で、パリで購入し、それをジェロームの家の近くのルロア・メルランで彼に受け取ってもらうようにする。
そういうことが可能なのだ。
ペンキとか床材などは全部、ルロア・メルランで決めた。かなり安くて、しかも種類がある。
キッチン周りはやっぱりIKEAが安くていろいろ選択肢がある。
キッチンに仕込む電化製品はダーティという専門店でまとめ買いする。
ダーティにもルロア・メルランにも、キッチン周りの素材は売られている。
IKEAで電気製品を買えるように…。
でも、内装素材はルロア・メルラン、電化製品はダーティ、キッチンはIKEAと棲み分けがよく出来ている。
ジェローム曰く、それぞれの得意分野があるから、一か所でまとめ買いをしちゃダメだよ、…。

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キッチンのイメージ画は全部自分で作った。
仕事の合間とか、ご飯を作る合間に、にやにやしながら、図面を引いている。
あ、仕事場の図面も描いた。下から上まで5メートル以上ある背の高い階段がアパルトマン内にあるので、そこにメザニン(天井の高い倉庫や工場において上部空間を有効活用するために設置する組立式の中二階空間のこと) を拵え、1メートル幅くらいの机と本棚をそこに設置する計画がある。
遊び心満載の仕事場にするのだ。
これだけでも、うっしっし、と相好が崩れるよね? えへへ。

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※電気屋のダーティにもキッチン専門コーナーがある。ここは綺麗。笑。



で、その階段部だけ、黒と緑のあいだくらいの濃いダークグリーンのペンキを塗るつもり。
机の前に森が広がってるので、そこで小説を書くことになる。
あ~、想像するだけで、興奮するけど、これは夢じゃなく、もう現実なのだ。
机はジェロームが作ってくれるけど、いろいろと打ち合わせなければならない。
で、寝室はベージュ色に、で、サロンとかキッチンはちょっとジンク系のホワイトにする。
床は木目の落ち着いたパケにして、風呂場は白い石のタイルにする。
この辺の手配はほぼ終わった。
あ、家具の話しをしていたのに、話しがそれて、内装の話しになっているじゃないか!家具は、ええと、…。

そうこうしているうちに、愚息が帰ってきた。夜間外出制限ぎりぎりの18時に。
「おかえり。どこほっつき歩いていたの?」
「いや、彼女が明日から家族とパリを離れるというからね、会っときたいと言われて」
え? ニったーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「なんだよ、この野郎。のろけかよ」
あはは。ぼくらは笑いあった。
「パパ、田舎の家だけどね、いつか、彼女を招待してもいい?」
「え? 考えてなかったな。二人きりはダメ。未成年のうちは絶対ダメ」
「当り前じゃん。なんかね、そこから車ですぐの街にたまたま彼女のご両親が持ってる田舎の家があるんだって」
「え? そういう展開? お前、田舎に興味ないって言ってたじゃん」
「あ、でも、ちょっと興味出てきた」
あはは。幸せそうである。世界がコロナでこんなに苦しんでるというのに、17歳のカップルは幸せそうだった。ぼくも嬉しくなった。
「パパがお前にダメって言ったことないだろ。じゃあ、このあいだ田舎で作ってやった牡蠣のパスタをまた拵えてやろか? パパの自慢のキッチンの最初のゲストになればいいじゃん」
「パパ、ありがとう」

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