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滞仏日記2「子供たちに人気のカリフォルニアロール。パリの子供たちの今」 Posted on 2021/05/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、玄関のドアが閉まる音がした。あ、出かけたんだ、と思った。
長いロックダウン、一番、つらいのは子供たちなのだ。行くところがない。
学校も再開はしたものの、午前中だけで午後はなかったりする。
息子は雨戸をしめて、部屋を暗くし、ヘッドフォンをかぶって、パソコンと向かい合って、電子の世界の中でほとんどの時間を過ごしている。
近所の14歳、マノンから電話が入った。
「ムッシュ、巻きずしの中に何をいれたらいいの?」
「え?なんで?」
「公園で誕生日会をやるのよ、友だちの。で、みんなで食べ物を持ち寄るの。前にムッシュが作ってくれた巻きずしを作って持っていきたいの」
「あのね、巻きずしを作るには、ご飯をくるくるロールする巻き簾(まきす)と呼ばれる竹の寿司巻き道具が必要なんだ」
「買った。ネットで」
「おお、マジか!!!」
「tiktokで作り方は勉強したんだけど、イクラとか、マグロって高いの」
「ああ、じゃあ、カリフォルニアロールにしたら? ツナ缶買って、マヨネーズで和えて、アボカド、きゅうり入れて、くるくる巻けばいい。あと、クリームチーズとスモークサーモンの巻きもかなり美味いよ。前に、おじさんが作ったけど、覚えてる? あ、写真送るから、まねしてご覧」
ぼくは昔、週刊誌のために書いた巻き寿司のレシピの写真があったことを思い出し、マノンに送っておいた。

滞仏日記2「子供たちに人気のカリフォルニアロール。パリの子供たちの今」

※5月1日、フランスの人々はスズランの花を飾る。



子供たちは、本当に、遊ぶところがなく、去年の3月からずっと家の中にいる。
二コラとマノンの両親は離婚をしたから、二人はお父さんとお母さんの家を行ったり来たりだけど、マノンのお母さんが一番心配していたのは、二コラが朝から晩までスイッチから顔を離さないことで、それでも、離婚した寂しさをゲームで紛らわせているようだから、何も言えないの、ということであった。
ぼくも遊んであげたいけど、ロックダウンだから、頻繁にあってあげることもできないし、子供が媒介になってコロナに罹るのも困るし、なかなか難しい状況である。



ここのところ若者たちが公園に集まって、自然発生的なパーティがあちこちで起こって、警察と揉めている。
大きなスピーカーを持ち込んだ連中が大音響で今時の音楽をかけるので、ストレスのたまっていた連中が音に呼び寄せられ、数百人規模のフェット(パーティ)に膨れ上がる。
今日は各地で警察が出て、中には、暴徒化した若者と小競り合いがあった。
遊ぶところのない子供たちのフラストレーションはマックスに達している。

ワクチン拡大接種に成功した英国のリバプールでは3000人がクラブに集まり、ノーマスクでフェットを行った。ノーマスクというのは珍しい。
陰性証明を持っていれば入れるのだ。映像を見たが、大規模な会場に集まった若者たちが激しい音楽にあわせてジャンプし、会場がうねっていた。
※フランスでも5月29日に5千人を集めて、PCRネガティブ証明を持った人たち、会場入る前に唾液による抗原検査、マスクが義務で、ロックコンサートが試験的に行われる予定である。



午後、息子が帰ってきた。
「どこ行ってたん?」
「モンマルトル」
「まさか、歩いて?」
「ああ」
「どのくらいかかったの?」
「片道、一時間半かな」
「マジか。じゃあ、ちょっとしかモンマルトルにいなかったってこと?」
「30分、友だちと遊んで、一時間半かけて、帰ってきた」
「何しに行ったの?」
「パパ、気分転換だよ。こんな生活、うんざりだ」
そうだろうな、と思った。
ぼくが17歳の時は、柔道部だったから、昼間は練習に費やし、学校終わったら、坊主頭だったけどバンド活動していたし、夜は仲間が集まって近くの神社の境内でくだらない話しをしたり、遊ぶことしかなかった。
今の子たちの心が心配でならない。

滞仏日記2「子供たちに人気のカリフォルニアロール。パリの子供たちの今」



息子と夕食を食べていると、マノンからSMSが入った。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「どうした?」と息子。
ぼくはマノンから送られてきた写真を息子にみせた。
「フェット?」
「誕生日会だって」
「すごいね。マノンが作ったの?」
「教えたんだ。カリフォルニアロールだよ、まじ、すごいよね、なかなか美味しそうだ」
「ぼくも次の土曜日に友だちの誕生日会があるから、カリフォルニアロール作っていこうかな」
「公園で寿司パーティ。健康的でいいね。作り方教えてやるよ」
ということで、今日は最後の最後で、ちょっと笑顔になった父ちゃんであった。
※ケーキは誕生日の女の子のお母さん、ルーマニア人らしい、が作った。
ちょっとルーマニアっぽい誕生日ケーキである。
それにしても、なんて、健康的なことか!!!

滞仏日記2「子供たちに人気のカリフォルニアロール。パリの子供たちの今」

※日本のポッキー、買えるのだ、アジア食材店で。割り箸や、醤油小分けケースなどはアジア系デリバリーを頼むとたくさん付いてくるし、スーパーでも今は買える。



滞仏日記2「子供たちに人気のカリフォルニアロール。パリの子供たちの今」

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