JINSEI STORIES

退屈日記「ぼくは、さよならは、言わない。また、いつかね、と言う」 Posted on 2021/10/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今朝、訃報が入った。
でも、まだ、涙が出ない。とっても親しいライバルみたいな男だった。
彼のSMSに、まだ早いだろ、飲む約束してたじゃん、どこ行く気だよ、と入れそうになり、悩んだ。
頭は停止したまま、何で悲しみが沸かないのか、わからない。
うどん屋の野本に電話をし、
「本当なの? さっき、訊いたんだけど」
と言ったら、
「そうみたいだよ」
と言った。ぼくが親しかったことをみんな知ってるから、はぐらかすように、言ってくる。で、そいつのSMSに戻り、最後のメッセージを確認したら、
「パリ市内ツアー&ライブやるんだ、見てよ」
「いいね」
というのが最後だった。最近じゃん・・・。
でも、まだ悲しくないのだ、仲が良かったのに、なんでだ?
あいつは死なない人間だって、どっかで思ってる。そうだ、あいつは不死身だ。
もしかしたら誰かの冗談だろう、と思っていたけど、別の人間からも、
「未確認だけど、・・氏が亡くなりました」
とメッセージが届いた。



ぼくも体調が悪かった。
でも、ライブをやって、エネルギーが戻ってきた。
死にそうになったり、復活したり、元気になったり。
コロナ禍を通り過ぎているあいだに、知り合いが何人か、そのせいかどうかわからないけど、バタバタと他界した。
コロナだけじゃなく、癌だったり、いろいろだけど、ぼくは昨日、演奏をしながら、時々見えるパリの空を見上げながら、
「人間って、泡のように日々、たくさん湧き出てくるけど、最後はその泡が消えるようにみんなすっと、音もなく、この世界から去っていくんだ」
と思った。
なんで、あんなに楽しいツアー&ライブの時にそんなことを思うのか、不思議だったけど、もしかしたら、あいつのことを察知していたのかもしれない。
人間の欲望や希望の裏側にはそういう寂しい悲しみなどがもともとある。
だから、今を楽しみたいのだ。
枯れ葉がバスに突っ込んでくるのを、避けながら、ぼくはその木立の隙間できらっと輝く、太陽に目を射られた。
あれは、あいつだったのか・・・・



DSのライターさんの彼氏さんも癌で先週亡くなられた。
それを、一昨日、不意に聞かされて、言葉を失った。
でも、ぼくは慰めるための長いメールが書けなかった。
「彼の分も生きてください」
とだけ書いた。
それ以上の言葉を思い出さなかった・・・。
昨日のニュースで、コロナで亡くなった人は全世界で500万人を超えたのだそうだ。
あまりに悲しい、非現実的な死の数字、が日常の一コマになってしまって、身近な友人が死んでいくのに、なかなか自分の心に接続してくれない・・・。
あいつは生きている、となぜか、思ってる自分が不思議でならない。
いや、死者はみんな生き残った人の心の中に、たしかに、まだいる・・・。
死を受け入れられないから、まだ、悲しくないのか、ずっと受け入れないつもりか、たぶん、ぼくは受け入れないつもりだ。
また、オデオンの街角あたりで、再会することを愉しみにしている節がある。
それに、自分だって、いつか、そういう終わり方をするのだろうと、思っている。
そうだ、間違いなく思っている。
「パリに死す」という小説を思い出した。



ぼくの身近な人が、数人、難病と闘っている。
励ます言葉が出てこないので、ぼくはあまり、メールを返せないでいる。
作家なんだから、言葉にして励ましたいところだけど、書いては消している。
死んだ友人のことを思いながら、この文章を書いている間も、思考が停止したまま、・・・悲しいというよりも、再会を夢みて、微笑んでいるくらいなのだから、なんて不謹慎なんだろうと思うけど、理屈で説明が出来ない。
え? あいつが、死ぬわけないじゃん、しか、思い浮かばないのだ。
本当だ。
早く、号泣したいのに、出来ない・・・。



今の時代、みんなどうなるかわからないような不確かな時代に生きているように思う。
昨日、シャンゼリゼ大通りで、「オーシャンゼリゼ」を歌いながら、ぼくの視界の先には、光りが飛び交っていた。
この瞬間、この星で生きている者たちが、いろいろな形で共有できる喜びをぼくはまだまだたくさん生み出していきたい、と思った。みんなを愛したい、と偽善者は思った。
死という分からない出口に向かう時に携えておく言葉を探したいと思っている。
音楽、言葉、芸術、そういうもの・・・が、この星を去る時の人間の心には安らぎを与えるものだと思って疑わない。

退屈日記「ぼくは、さよならは、言わない。また、いつかね、と言う」

これは昨日のライブのあと、集まった、在仏日本人の互助会のメンバー。

退屈日記「ぼくは、さよならは、言わない。また、いつかね、と言う」



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