JINSEI STORIES

退屈日記「わずか一年で、思えばこの田舎にも、大勢の友だちが出来てしまった」 Posted on 2021/12/11 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、とにかく、元気を出そうと思った。
元気を出す、というくらいだから、元気というのは元々、人間が持っているものなのだろう。
元の気と書くのだから、昔から、そう考えられていたのは間違いない。
人間が本来持っているものを再び出すことが「元気を出す」というのは、実にいい考え方じゃないか。
よし、元気出すぞ、というのは、本来の自分に戻るぞ、ということになるので、そうだな、と納得するしかない。
それが元気になることなのだ。
めそめそしていても、仕方がないので、頑張ろうと思うことが大切で、それこそが、元気の素ということになるだろう。
ぼくは田舎で考えた。
自分が元気になるためにやることはなんだろう、と思ったら、最初に思い付いたのは、86歳の母さんが若い頃に言った「がんがん炒めてじゃんじゃん食べろ」につきあたった。
それしかない。
やっぱり、ぼくは美味しいものを作るのが好きだし、本当はそれを家族にふるまうのが大好きだったけど、次第に家族というのは離れていくので、追いかけるようなものでもないから、絶対離れない自分にご飯を作って、自分勝手に、うまいなぁ、と喜べばいいのだ、と思った次第である。

退屈日記「わずか一年で、思えばこの田舎にも、大勢の友だちが出来てしまった」



ここのところ外食に逃げていたけれど、自分のために美味しいものを作ろうと思った。
美味しいものを食べることも好きだけど、美味しいものを作るまでの工程が何よりも愛おしいのである。
丁寧にダシをとったり、丁寧に煮込んだり、野菜を切ったり、魚を三枚におろしたり、鶏肉を解体したり、そういう作業がそもそもぼくは大好きなのだ。
今回は、一週間くらい田舎にいる予定なので、マルシェに行き、仲良くなったアランとかナタリーの店に顔出したり、まだ名前は知らないけど、牡蠣屋の奥さんとか、八百屋のおばあちゃんと立ち話をしたい。
ご飯を作る過程の中に、お店の人との世間話の楽しさも含まれている。
最近は、みんなぼくが日本人だって、分かったものだから、「日本の社長さんが宇宙に行ったね」とか「日本は感染者が急激に減ったね」とか「今、日本に戻るとホテルで隔離されちゃうんだろ?」とか、「昔、京都に行ったよ」とか「築地に行ったよ」なんて、話かけられるのだ。
前沢さんの宇宙旅行は話題になっています。田舎なのに、(ごめんなさい)、皆さん、日本に興味を持ってくれているのが、嬉しかったりする。
そういうやり取りの中にも元気の素は潜んでいるのだ。
元気がない時は、やはり、たくさんの人と世間話をしたらいい。
人と繋がることはやっぱり、人間の元気を引き出す力がある。

退屈日記「わずか一年で、思えばこの田舎にも、大勢の友だちが出来てしまった」



田舎にも気が付けば友だちが増えてきた。
昨日の夜は馴染みのジェレミー(田舎で最初に知り合った地元民の一人)の店に行ったら、満席なのに、一番いい席に座らさせてもらった。
そして、コーヒーまでご馳走してくれた。
彼は漫画ファンで、ぼくらの合言葉は日本語の「なにーーー」なのだ。笑。
たまに「かめはめはー」とやってやると喜んでくれる。
この田舎にアパルトマンを持って、まだ一年だけど、ジェレミー、マルシェのアランやナタリー、不動産屋のジャン・フランソワ、アンヌ、それからシェフのセルジュ、チャールズ、パリの友人でこっちに家を持っている、アリスに、ブリュノ・・・。ちょっと思い出せないけど、他にもいっぱい、知り合いが増えた。
自宅に招かれたり、招いたりしている。
結構、父ちゃんのおもろいところは、物おじしないで、人見知りしないで、がんがん、話しかけていくところ、そのくせ、ぼくは「友だちが少ない」と呟き続けているのだから、困ったちゃん、である。
そもそも、ここにアパルトマンを買った時、誰も家には呼ばないつもりだったにも関わらず、気が付けば、しっかりと招いている。
少しずつ輪が広がっていき、一年にしてこんなに友だちが出来てしまった。
パリの友人たちが一方で寂しがっている。リコが、日本に帰ったのかと思ったよ、たまにはお茶しよう、と言われた。

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マルシェでは、日本のギタリストということになっていて、世界中で演奏活動をしているという信じられない噂が流れているし、レストランのセルジュには、「あんた星付きシェフだろ。隠すなよ」と言われたし・・・。
否定したのだけど、勝手に「お忍びで田舎暮らしをしている」と思われている。
フードジャーナリストと思われたり、もちろん、作家と自己紹介した人もいるし、様々だけど、ぼくが何者であっても、風変りな日本人としてこの田舎で定着しつつある。
いつか、みんなを拙宅に招いて日本食をご馳走してあげたい。
あ、それが小さな夢かもしれない。
と、ここまで書いたら、元気になった。
よーし、今日は、煮込みに最適なココットを探しに、30キロ離れたちょっと大きな街のお鍋屋さんまで車で行ってみるか・・・。
いいね、元気だそう。元気だと人生が楽しくなるのだから・・・。

つづく。

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