JINSEI STORIES

滞仏日記「突然、我が街の人気者になった三四郎。父ちゃんは付き人」 Posted on 2022/01/29 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくは三四郎を連れて我が町を散歩した。
この一週間、三四郎がやってきたことで、ばたばたしていたが、ようやく、子犬との生活に目途が見えてきて、馴染みの仲間たちの店やカフェなどに顔を出すことが出来るようになった。
でも、家に籠っていたから気づかなかったが、オミクロンの影響が相当深刻なのである。
隣の建物に暮らす31歳の青年が建物の前で心筋炎からの心肺停止となった。病院に運ばれたようだけど、その後は分からない。
友人の写真家も同じ原因で亡くなったし、コロナやワクチンとの関係性はわからないが、なんだか、怖い世の中である。
コロナは軽症というけれど、友人の医師は警告をする。「あれは、風邪なんかじゃない。怖いのは後遺症だよ」
お馴染みピエールの娘さんたちも感染をし、一人は3週間の入院中だし、罹っては治り、治っては罹るような状況が続いているようだ。
DSの日本人スタッフさん、ライターさんの家族にも感染者が多数出ていて、みんな濃厚接触者になってしまった。
コロナが直接の原因ではなくとも、心への影響はやっぱり少なくない。
当然、息子の行動などが心配なので、三四郎を介して、受験期の息子の精神状態を観察している。
暗い話ばかりだけど、我が家にやってきた三四郎のおかげで、ぼくは健康と幸福をなんとか維持出来ている。
ぼくが倒れたら、三四郎と息子が路頭に迷うので、ぼくは絶対、罹るわけにはいかない。
最大限、気を付けて行動をしている。



それでも、三四郎を散歩に連れて行かないとならないし、それでも、生きるために食料を買いに行かないとならないし、それでも、たまには外食もしないとならない。
オミクロンが潜んでいそうな場所には近づかないようにしながら、ピークアウトを待っているといった次第であーる。
昼前に、ピエールに呼び出されたので街角で待ち合わせ、一緒に散歩をした。
ピエールはモップという名前の子犬を飼っている。
もう、相当なおばあちゃんなのだけど、三四郎はモップちゃんにだけは吠えなかった。
何か母なる匂いがするのだろうか? 
それとも犬の園に同じ犬種の親しい子がいたのだろうか。
じっとモッピーを感慨深げに眺めていた。
モップと三四郎を公園に連れて行った。
ピエールはタバコを吸うので、ぼくらは50メートルくらいの距離をとって、歩いた。離れすぎていて、会話にならず、気が付くと、ピエールとははぐれていた。笑。
娘さんのお見舞いに行くんだ、と言っていた。ぼくも教会で手を合わせ、お姉ちゃんの回復を祈った。
※ いつの間にか、撮影されていたぼくと三四郎の2ショット。先ほど、SMSで送られてたのだが、これは嬉しい!親ばかであーる。

滞仏日記「突然、我が街の人気者になった三四郎。父ちゃんは付き人」

滞仏日記「突然、我が街の人気者になった三四郎。父ちゃんは付き人」

※ モップちゃんのリードがピンクなのに、今、気が付いた。三四郎とどんなやりとりをしたのであろう・・・。



昼ごはんを息子と食べ、息子は午後、学校へ向かった。
今は模擬試験の集中期間のようで、返って来ると「疲れた」を連発している。
コロナが原因でクラスメイトが数人、登校していないらしい。
定期的にPCR検査が義務づけられているようで、子供たちも大変だ。
こんな中、大学受験に集中して挑めるわけもない。
そんな息子にとっても、三四郎は癒しの存在になっているようだ。
学校から戻って来ると、強張った顔に笑みが浮かび、しゃがんで三四郎を撫でている。
ぼくにできることは、栄養のあるご飯を作ってあげることくらいである。

滞仏日記「突然、我が街の人気者になった三四郎。父ちゃんは付き人」



三四郎は一日、4回ずつ、カカ(うんち。ポッポとも言うらしい。ポッポは赤ちゃん言葉だから、ポッポの方がいいのかな)とピッピをする。
一緒にはしない。ピッピをして、その1,2分後、カカをする。
ちょっとしゃがんでお尻を浮かせたら、要注意だ。
今日は100%の確率でおしっこシートの上に着弾させた。父ちゃん、涙が出る。
カカとピッピが着弾した時は、父ちゃんは必ず、両手を上に振り上げて、(阿波踊りを想像してもらいたい)
「ブラボーブラボー、サンシー、ブラボー」
ダンスをやる。
大げさに褒めてあげるのだ。
三四郎はそのダンス見たさに、頑張って標的目掛けてピッピ、カカをしている、のだと信じたい。
「ブラボーブラボー、サンシー、ブラボー」



昼食を与えて、カカの後、ぼくは再び三四郎を散歩に連れ出した。
すると、行きつけのレストランからシェフとシェフの妹のネジュラが飛び出してきた。
シェフの見た目は怖いけど、いい奴である。ネジュラが超犬好きで、いきなり、ぼくから三四郎を奪いとった。
「オオオ、トロミニヨーーン(超かわいい)」
すると、店のお客さんや通行人やタクシーまでが停車して、
「オオオ、トロミニヨーーン」
と大合唱がはじまり、大変なことになった。
通りかかったパン屋のベルメディさんや、ワイン屋のエルベさんとか、とにかく、そこら中の人が集まってきて、三四郎を包囲したので、オミクロンがやばいと、恐怖を感じた父ちゃんであった。
マジ、怖い。
最近はステルス・オミクロンとかいうのが流行っているらしいので、ええかげんにせーよ、オミちゃん、と怒ってるのだ。
今まではワクチンや検査をしているか、で相手を判断をしていたけれど、最近は、みんな罹っていると思うのが前提で、対応をしている。
それにしても、街の人々を癒す三四郎、やはり、この子はただものではない。
「ムッシュ、名前はなんというのか?」
誰かに聞かれたので、
「サンシー」
と言った。
「サンシー!」
「サンシー!」
「サンシー!」
と人々がその名を連呼し始めた。
いやはや、これは面白い現象である。

滞仏日記「突然、我が街の人気者になった三四郎。父ちゃんは付き人」

※、シェフは「ぼくは今日PCRやって、陰性結果が出たので、心配しないで」といって、三四郎にキスをした。帰ったら、三四郎を、神経質に消毒した。



そういえば余談になるけれど、この子を抱っこして歩いているとすれ違うマダムたちが近づいてきて、笑顔を向ける。
不意に父ちゃん、モテキに入ったのかと勘違いをしたくなるくらい、三四郎効果がすごいのであーる。
「あああ、トロミニヨーーン」
と30代くらいのマダムが不意にぼくに向かって言った。
カトリーヌドヌーブのようなゴージャスな人だった。いつもは、つんとして、通り過ぎていく人が満面に笑みを浮かべて、トロミニヨーーン、を連発するので、飼い主としては鼻が高い。
でも、ぼくには目もくれてくれないのであーる。あははのは・・・。
おなじみ八百屋のマーシャルが店の中から飛び出してきて、
「ああああ、ムッシュ、ついにやりましたね、やばいなぁ、トロミニヨーーン」
マーシャルはNHKの「ボンジュール、辻仁成のパリごはん」に連続登場してくれている。もちろん、今度の冬ごはんにも登場予定であーる。
三四郎、我が家にやってきて、まだ、一週間なのだけど、急にこの界隈では人気者になってしまった。
ぼくのインスタをチェックしているフランシスが、
「知ってたよー、最近、三四郎の写真ばかりだから、いつ会えるか愉しみにしていたんだ」
と言い出した。
オミクロン感染拡大のこの時期だけど、こうやって人々を癒してくれる子犬の存在に感謝である。
ぼくも頑張らなくっちゃ。えいえいおー。

つづく。

滞仏日記「突然、我が街の人気者になった三四郎。父ちゃんは付き人」

地球カレッジ



自分流×帝京大学