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滞仏日記「三四郎が我が家にやってきて、ちょうど一か月。ぼくの生活が激変した」 Posted on 2022/02/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎が犬の園から我が家にやってきて、早いもので、ちょうど一か月が経った。
日に日に、都会での生活にも慣れてきたし、他の犬との交流もなんとか出来るようになった。
今朝は上の階の「オラジオ」と道ですれ違い、まだ尻尾こそふらないが、オラジオにくんくんされても逃げることなく、敵対的な行動(吠えたり、噛みつこうとしたり)もとらなくなった。
少しずつ、慣れてきたという感じである。
けれども、外ではまだピッピ(おしっこ)もポッポ(うんち)もできない。
他の犬の匂いを嗅いでばかりだ。
(そうだ、犬の調教師さんを見つけたので、来月くらいに一度、頼んでみようかな、と思っている)
外でピッピやポッポが出来るようになると、ぼくもちょっと楽になるのだけど・・・。

滞仏日記「三四郎が我が家にやってきて、ちょうど一か月。ぼくの生活が激変した」



ミニチュアダックスフンドは階段の昇り降りをさせると将来的にヘルニアになる犬が多いらしい。
この一月、三四郎を抱えて階段の昇り降りをやってきた。元々腰痛持ち作家だったぼくの腰がそのせいで悪化してしまった。
パリのここも、田舎のアパルトマンも、エレベーターがない建物なので、相当にきつい。
このままじゃ、ぼくが先に、歩けなくなってしまう。

ただ、マイナスなことばかりではない。
三四郎がやってきて、ぼくは睡眠導入剤を飲まなくても眠れるようになったのだ。
毎日、飲まないと眠れなかったぼくだったが、この二週間は全く飲んでない。
気が付いたら、導入剤に頼らなくても爆睡できるようになった。
というのは、朝、昼、晩、多い時は4,5回、三四郎と散歩をする。
夜の散歩は、疲れさせて眠らせる作戦なので、一緒に走ったりしている。走るからには、お酒は控えなければならない。
全く飲まなくなることはないが、量がぐんと減ったのはたしかである。
あと、お酒を多く飲めば、夜のおしっこ回数もその分増えていたが、飲まなくなったので、尿意をもよおさなくなった。
これもよく眠れる要因の一つとなった。
お酒が減ったことで、何より、(腰以外は)体調がいい。三四郎効果である。
前は、夜更かしをしたり、そのせいで、朝は起きれないということもしばしばだったが、朝、8時にはご飯を食べさせないとならないし、9時には最初の散歩があるし、夜は0時ごろに寝るようになったので、実に規則正しいのである。
確かに、その分、友だち付き合いは減ったけど、これは仕方がない。
コロナ禍だし、飲み歩いてるのは危険なので、ちょうどよい。

滞仏日記「三四郎が我が家にやってきて、ちょうど一か月。ぼくの生活が激変した」



三四郎の成長は著しく、ここにやってきた頃のびくびくしていた赤ん坊の三四郎はもういない。
そこそこ、頭のいい子だということが分かってきた。
ぼくらはボール遊びをやるのだけど、彼はそのボールを全部隠してしまうのだ。
そして、ぼくを呼び止め、「ムッシュ、ボールがなくなっちゃったんだよね」と訴えてくる。
「ええ? そうか、じゃあ、探そうか」すると三四郎は棚の下に寝転がって、わんわん、と吠える。
ぼくが覗くと、棚の下の隙間に、ボールがずらっと隠されている。
それをぼくが一緒に寝転がってとってやる。
一時間くらいすると、またやってきて、「ムッシュ、ボールがない」と訴える。
「探そう」ということになって手分けして探すと、三四郎が棚の下を覗きながら「あったよ」と吠えている。
一緒に寝転がって覗くと、ボールが見事に並んでいる。
それを毎日、繰り返している。
あんまりしつこいので、こんなことばっかりやったら、ダメだよ、と怒ったら、昨日くらいからしなくなったが、今度は、息子を呼びつけ、「じゅーくん、ボールがね、ないんだよねー、探してくれる?」と訴えている。
息子が寝転がって、手を伸ばしてボールをとってやっている。
三四郎は少し離れた場所で、尻尾をふって、へへへ、と面白がっている。
そういう不思議な遊びを考え出し、次から次にぼくらにぶつけてくるのだから、可愛い。
「パパ、こいつ、恐ろしく頭がいいよ」
息子が、そう言い残して、三四郎の部屋を出ていった。

滞仏日記「三四郎が我が家にやってきて、ちょうど一か月。ぼくの生活が激変した」



滞仏日記「三四郎が我が家にやってきて、ちょうど一か月。ぼくの生活が激変した」

考えても見ると、この子は5か月前、まだこの世界には存在していなかった。
人間の七倍ほどの速度で成長しているというので、人間に換算すると4歳くらいか。
そりゃあ、知恵もついてくるな、と思った。
毎日、顔つきが変化している。
あどけない顔もするが、老成な顔をすることもある。
彼が一番好きな場所はぼくの膝の上であることは間違いない。
ぼくが三四郎の部屋に顔を出すと、「ムッシュ、抱っこしてよ」とせがんでくる。
ぼくがいつもの長椅子に腰かけるやいなや、もの凄い勢いでぼくのお腹に飛び乗って来る。
そこが安心するのだ。
ぼくは動けなくなるけど、仕方がない。
たとえば、朝ごはんを出すまでのあいだ、ぼくは長椅子から動かず携帯で仕事をしている。

滞仏日記「三四郎が我が家にやってきて、ちょうど一か月。ぼくの生活が激変した」



普通、犬は絶対におなかを見せることがない、というのを聞いたことがあったが、この子は、我が家にやってきたその日から、ぼくにお腹を見せ続けている。
ぼくの顔を見ると、ゴロンと仰向きに転がり、腹を出す。
「さすってよ」とせがんでくる。
ぼくがお腹をさすってやると、幸せそうな顔をして、目を細めている。
まるで人間みたいだな、と思うことが多くなった。
都合の悪いことは聞こえてないふりをするし、必要なことは人間の視線の先を盗み見て、先回りの行動に出たりする。
遊んでもらえないと、ピッピやポッポを息子の部屋の前とか、ぼくの仕事場の前とかでやって、どうだ~、と訴えてくる。やれやれ・・・。
お犬様、三四郎。
つまるところ、ぼくはこの子の家臣なのである。

つづく。

ということで、2月23日、三四郎も出演するNHK・BSの「ボンジュール、辻仁成のパリの冬ごはん」がいよいよ、オン・エアー。
2月23日(水・祝)21時51分~22時50分となりますよ。
お楽しみに!

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