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退屈日記「眠れなかったら、明け方、三日月がぼくを癒してくれた」 Posted on 2021/11/01 辻 仁成 作家 パリ

地球カレッジ

某月某日、ライブで興奮したせいでか、あんまりお酒も飲んでいないのに、眠れなくて、真っ暗なサロンで、ずっとソファでごろごろとしてああでもないこうでもないと考えていた。何時間も、いろいろいいことも悪いことも考えていたら、何か、ほんのりと室内が明るくなったので、振り返ると、窓の向こう側の空が白んでいて、そこに綺麗な、見事な三日月があった。へー、こんな時間に、まだいる。そして、その三日月はぼくに何かを伝えようとしてるようだった。ぼくはソファに腰かけ、お月様と、語り合った。
「どうも、いつも、ありがとうございます」
「ひとなりさん、眠れないんですね。それは身体が疲れ切っているからだから、お風呂に入って、身体と心のバランスを保ちなさい」
なるほど、と思ったので、朝の6時過ぎにお風呂に入ったのだ。
湯船につかっていたら、何か、黒いものが風呂の中に落下してきたので、探して拾ってみたら、ラベンダーの精油であった。お月様がこれをくれたんだ、と素直に思った父ちゃん。
さっそく、2,3滴、たらしてみた。

退屈日記「眠れなかったら、明け方、三日月がぼくを癒してくれた」



ライブのあと、いろいろな人とお話しをしたので、人疲れもあった。
不思議なことだけど、人間って、人それぞれ様々なエネルギーを持っているので、そういうものが束になって押し寄せると、元気を貰える時もあるが、その反対の時もある。
どうやら、ぼくはまともにその気を受け取ってしまって、心のバランスが保てない状態なのだ、と思った。
湯舟の温度をさげて、ぬるま湯で、一時間ほど、つかった。風呂場の窓をあけると、その空の一角にも三日月さんがいた。
「落ち着きました。ありがとう」
「いいや、いいんですよ。人間、自分の限界を超えて頭が動いてしまうことがあります。そういう時、良かったことも悪く考えたり、好きな人のことを嫌いになったりしますから、まず、おかしいな、と思ったら、落ち着くことを心掛けてください。自分の肉体や心と折り合うのです。そして、明日はゆっくりと、休んで英気を養うのよ」
あ、三日月さんは女性なんだな、と思った。



退屈日記「眠れなかったら、明け方、三日月がぼくを癒してくれた」

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退屈日記「眠れなかったら、明け方、三日月がぼくを癒してくれた」

身体が温まったので、水をたくさん飲んでから寝た。9時を過ぎていた。
起きたらお昼だったので、息子の様子を見に行った。
「もう、咳は出ない。治ったかもね」
「そうか、でも、今日一日は様子をみよう。パパが何か作る。お腹すいたかい?」
「うん」
そこで、ぼくはキッチンに行き、冷蔵庫のべコちゃんと相談をし、鶏肉とほうれん草と紫玉ねぎのタリアテッレを作った。美味しそうだな、と作り手が思えるものは、ほぼ間違いなく、美味しいものである。
息子の部屋をノックした。
「ごはんだよ」
「はーい」
いつもの声が戻ってきている。よし、明日には外に連れ出そう。

つづく。

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