JINSEI STORIES

滞仏日記「冷やさない冷やし中華という禁じ手で息子をうなずかせたよ、の巻」 Posted on 2022/05/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ついに夏が迫って来た。
アドリアンご夫妻への感謝を込めた夕食会も無事に終わり、今朝、アドリアンの奥さんのカリンヌから可愛いお花が不意に届けられた。
玄関に出ると花屋の青年が立っていて、「ムッシュ、贈り物です」と言った。『美味しい食事に感動したので、アドリアン&カリンヌ』と手紙が添えられていた。
カリンヌだな、にくいことするなァ。

滞仏日記「冷やさない冷やし中華という禁じ手で息子をうなずかせたよ、の巻」

「春ごはん」の撮影が終わり、ぼくは「夏ごはん」の撮影の準備に取り掛かった。(撮影の準備といっても、別に自撮りなので、普通にカメラを回すだけなのだけど・・・)
え? 夏もやるのか? 
知らないけど、Lさんが、続けて夏も回してください、と言っていたので、もしかしたら・・・、笑。喧々諤々しながらも、続いているから不思議である。
ともかく、ぼくは気が向いたらカメラを回す。それだけなのだ。
そうこうしているうちに、今日のボンジュールな昼ごはんの時間になった。
何か作らないとならない。
冷蔵庫を覗くと、アドリアンたちに出した料理の残りものが結構あったので、これらを美味しく処理しなければならなかった。
何がある? 
セロリ、フェンネル、トマト、イタリアンパセリ、胡瓜、鶏肉、卵、サーモン、ネギ、ニンジン、いろいろありすぎて、何を作ればいいのかちょっと迷った。
そういう時は自分の胃袋に聞くのが一番である。
「何が食べたい?」
「そうっすね~、やっぱ、夏が近づいてきたので、夏を感じる料理で、でも、ちょっとまだ夏じゃないから、その手前で夏を期待させるような一皿とかいいっすね。酸味があって、食欲をそそるけど、胃もたれしない、爽やかな料理とか」
なかなか、ぼくの胃は面白いことを言うものである。
そこで、いろいろと考えて、ふと思いついた。
「冷たくない冷やし中華」とかって、どうだろう? 
冷やし中華はいつも水でしめて冷たくするのだけど、それをあえて冷やさない、普通の温度のひやし中華だ。(そんなの冷やし中華じゃないんじゃないかって・・・たしかに)
でも、冷やさない冷やし中華って、発想は面白いじゃない?
夏を感じさせるのに冷やし中華は最高だけど、そこまで冷えてる必要はないし、冷やてない冷やし中華って、ひねくれ度が父ちゃんっぽくていい感じがするのであーる。
ということで料理をスタートさせた。

滞仏日記「冷やさない冷やし中華という禁じ手で息子をうなずかせたよ、の巻」



ネギは細切りにしラー油味に、セロリとフェンネルと胡瓜は塩揉みをしてさっとオリーブオイルをくぐらせ、鳥はマリネしてあったので皮パリに焼き、サーモンは味噌漬けだったのでオーブンで焼いて、冷やし中華のソースは、たまたま日本食材屋で買った「かんたん酢」というのがあったので、これにごま油と醤油とお塩少々でタレを作り、麺はいつものごとくスパゲッティを重曹で長めに茹でて中華麺に変身させ、なんだかわからないけど、お皿に盛りつけてみたら、おお、なんかサーカス団のような痛快な一皿が出来た。
特製冷やし中華のタレを回し掛けしてみたら、ほえ~、美味しく出来たじゃん。

滞仏日記「冷やさない冷やし中華という禁じ手で息子をうなずかせたよ、の巻」

滞仏日記「冷やさない冷やし中華という禁じ手で息子をうなずかせたよ、の巻」



「どう? 美味い?」
と息子に聞いたら、頷いていた。
「美味いんかいな?」
うんうん、と頷いていたので、美味いのであろう。
「でも、これいったい何?」
「冷やさない冷やし中華だ」
父ちゃんが自信たっぷりに言うと、息子君、くすくすと笑いだしたのである。
「ところで君、受験が終わって、このバカンス期間中、何やってるの? 毎日」
「レコーディング。今、アルバム作ってる。仲間のプロデューサーたちと」
「マジか」
「あと数日で完成するんだ」
「・・・」
こんなことしているようじゃ、大学落ちるな、と思った父ちゃんであった。
「聴く?」
「え、ああ、うん」
ということで、息子のアルバムを聴いたのだけど、悪くない。
「前のミニ・アルバムは3万ダウンロードされたんで、今度のフルアルバムで10万を狙ってるんだよ」
「へー」
「どう?」
うんうん、と頷いた父ちゃん。
「どう? いい?」
うんうん、と頷き返す父ちゃんであった。

午後は三四郎を連れて公園を一周し、帰りに八百屋に立ち寄るとマーシャルが店先に出ていて、
「ムッシュ、ボンジュール」
と言った。
「今日、20時でいいですよね?」
顔が引き攣った。20時? なんだっけ?
ぼくはきっとマーシャルと何か約束をしたのである。しかし、思い出せない。
「あああ、あれね、もちろん、20時だよ。大丈夫」
ごまかしてしまった。ぼくは最近、忙しすぎて、物忘れが激しいのだ。言い訳にならないけれど・・・。
「じゃあ、直接、現地で」とマーシャル。
現地? えええ? なんだっけ・・・。
「オッケー、現地で、楽しみにしているよ」
「よかった。連絡ないから、忘れているのかと思ってました。予約しておきましたから、のちほど」
ナイスな笑顔であった。
父ちゃんもナイスな笑顔を戻しておいたのだけど・・・。
さて、いったいぼくはどんな約束をマーシャルとしたというのであろう。
ご存じの皆さん、教えてください。

つづく。

滞仏日記「冷やさない冷やし中華という禁じ手で息子をうなずかせたよ、の巻」



今日も読んでくださり、ありがとう。
とりあえず、マーシャルとのやり取りをSMSで遡っても何もわからなかったので、あと、一時間くらいしたら、「降伏です、教えてください」と電話をする予定なのである。
あはは・・・。

そして、父ちゃんからの教えらせです。
6月30日、マガジンハウスより「パリ、ぼくと息子の3000日」が発売になる予定。

さらに、
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
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【ビルボードライブ横浜】(1日2回公演)
8/12(金)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
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発売日
Club BBL会員、法人会員先行=6/6(月)12:00正午より
一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

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