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退屈日記「パリジャンとパリジェンヌが八百屋をはじめるまでの愛の物語」 Posted on 2022/05/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、若かった頃、フランスを代表する雑誌ELLEとかmarie claire(マリクレール)に登場するようなパリジェンヌとかパリジャンという響きにあこがれた時期があった。
でも、絵に描いたようなそういうパリジェンヌ、パリジャンも確かに一部はいるのだけど、もっと大きな意味でのパリジェンヌ、パリジャンという人たちがその中心にいることに気が付いてきた。
日本にいた頃、そういうもののイメージはちょっと気障で、結構おしゃれでスマートで、いつもカフェのテラス席にいてぼそぼそと会話して、口説きあっているイメージもあった。
ま、そうなんだけれど、渡仏してこの20年でパリジェンヌやパリジャンという人たちの一般的なイメージがぼくの中で変わって来た。
当然、みんながみんなファッションモデルのような雰囲気を醸し出しているわけではなかった。
もちろん、きらっと光るものは持っているのだけど、実際はそれを控えめに隠しているような人たち、地味に生きているような人たち、自分の世界を大切に持ち、家族的に生きている人たちが多いような印象がある。

退屈日記「パリジャンとパリジェンヌが八百屋をはじめるまでの愛の物語」



ここに二人の代表的なパリジャンとパリジェンヌがいる。
夫はマーシャルという名前で、奥さんはステファニーだ。
マーシャルは身長192センチ、パッと見はアメリカの映画俳優のような体躯と顔立ちを持っている。穏やかな性格で、性格もひねくれていない。実にスマートな会話をするし、優しい。
奥さんのステファニーはそんなマーシャルが選んだだけあって、これまた家族愛の人で常に微笑みを絶やさず、よき母であり、よき妻であり、普段は雑誌の広報の仕事をしているだけあり、仕事の出来る女性だ。
ご存じ、マーシャルはぼくの「ボンジュール、パリごはん」に登場する八百屋の店主なのである。
二人はパリ郊外の学校の同級生で、ある日、恋に落ち、結婚をした。
マーシャルのお爺さんは八百屋を経営しており、彼は幼い頃からランディスの巨大市場に出入りしていた。その経験が八百屋を経営することへとつながる。
5年前に、今の八百屋の営業権を買い、わずか5年で、フランスの国会や首相府とも仕事をするような人気八百屋に発展させた。
コロナ禍の中、二号店まで出した。4歳の女の子が一人いる。
一般的に、金持ちをブルジョワと呼ぶけれど、もともとブルジョワとは市民のことだった。フランスは、元々、貴族と農民がいて、そこに中産階級を意味するブルジョアが登場し力を持つようになり、いわゆる市民革命(ブルジョワ革命)を起こし、貴族や聖職者が中心だった社会を転覆させるのだけど、しかし、この時の「市民」は今の「市民」とは異なる。
現在、ブルジョワは資産家の人のことを指す。反対の意味ではプロレタリア(労働階級)がある。フランスは結構、階級社会でもある。
そして、現在のパリを構成する市民(シトワイヤン)の中心に、マーシャルやステファニーのような40歳前後のフランス人がいる。彼らこそ、実は、パリジェンヌやパリジャンの正体なのだとぼくは思っている。
成功を夢見て、自分の居場所で頑張る人たちだ。
世界中の人たちが憧れるパリジャン、パリジェンヌよりはちょっと地味だけど、まじめに生きる、好奇心旺盛な働き盛りの人たち。
お金持ちでもないけれど、貧しくもなく、上にあがるのを夢見て、ライフスタイルやデザインにこだわり、文化的なものを好み、家族的でもある。

退屈日記「パリジャンとパリジェンヌが八百屋をはじめるまでの愛の物語」

退屈日記「パリジャンとパリジェンヌが八百屋をはじめるまでの愛の物語」



今日、ぼくはこのカップルをぼくの友人の和食店「国虎」に個人的にご招待した。
今まで4回もNHKの番組に出演してくれたお礼を兼ねて。
マーシャルの八百屋がなければ、この番組が出来なかったのだから、立役者ということになるだろう。マーシャルの店はぼくがかつて住んでいた地区の中心にある。
そこは官庁街のど真ん中・・・。
ブルジョワ(金持ち)でもハイソでもリッチでもないけれど、地道にここパリで頑張っているマーシャルご夫妻は、次のフランスを担うパリジャン、パリジェンヌであることは間違いない。
二人は日本の文化に強い関心があるので、典型的な和食を食べさせたく、仲間の野本の店に連れて行ったのだ。
そこで、彼らのなれそめを聞き、二店舗をパリ市内で展開する八百屋になるまでの話を聞いた。
朝の二時に起きて、ランディスの市場に野菜を仕入れにいき、それを国会や星付きレストランに卸す日々は想像を絶するほどに大変そう。
コロナ禍のロックダウン中にはカルチエ(地区)の住民を支えるために店を開け続け、店員全員がコロナになり、マーシャル一人で店を支えたこともあった。
ステファニーは雑誌の広告の仕事をする傍らそんなマーシャルを支え、4歳の子供を育てている。彼らは頑張り屋さんなのだ。
二人は「美味しいものを食べに行く」のが趣味だと聞いて、ぼくは「国虎」を選んだ。マグロの大トロ、ウニ、ホワイト・アスパラの天ぷら、かつおのたたき、などを食べさせた。メインで、四国うどんと天丼も食べさせ、日本の人々が愛する真の和食を味合わって頂いた。
すると、マーシャルが、生まれてはじめて二人で行った和食店の話をしだした。
「15区に弁慶という鉄板屋さんがあるんですけど、わかります?」
そこは高級鉄板屋で、もともとは日航ホテルの中にあった。ぼくが渡仏した20年前にはすでにフランスを代表する高級和食店として知られていた。
「実は、ぼくらが結婚する前、本物の日本食を食べたくて、弁慶に行ったんですが、びっくりするくらい高かったので、とてもデートが出来る感じじゃなかったんです。でも、食の世界で働きたいし、好奇心があったから、どうしても食べたかった。それで、受付の人に、恥を忍んで、正直に現状を伝え、一人分の食事を半分ずつ出してもらえないかって相談したんですよ」
マジか。ぼくは驚いた。ステファニーが、えええ、そうなのよ、という顔をした。
「で、どうなったの?」

退屈日記「パリジャンとパリジェンヌが八百屋をはじめるまでの愛の物語」



「そしたら、弁慶の偉い人が出てきて、いいですよ、と言って、ちゃんと二人分の席をぼくらにくれたんです。わかります? あのコの字になった高級鉄板のテーブル。真ん中に料理人がいて、焼き肉を焼いてくれる、あそこ。7,8席しかないコの字テーブルの2席をぼくらに提供してくれて、しかも、料理は半分ずつ」
ぼくらは笑いあった。凄いね!!
「びっくりしましたが、弁慶は本当に美味しかった。その後、八百屋の修行をして、5年前に今の店の営業権を買うことが出来たんです。ぼくら、食いしん坊の二人には忘れられない想い出を弁慶が与えてくれたんですよ。辻さん、いつか憧れの日本に行きたい」
世の憧れのパリジャンはそう言って、ぼくを感動させてくれたのである。

つづく。

今日も読んでくださり、ありがとう。
実は、マーシャルと夕飯の約束をしていたの、忘れていた父ちゃんでしたが、無事に、二人と巡り合え、こういう素敵な話を聞かされたのでした。あはは。

そして、父ちゃんからの教えらせです。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
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8/12(金)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
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〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
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発売日
Club BBL会員、法人会員先行=6/6(月)12:00正午より
一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

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