JINSEI STORIES

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」 Posted on 2022/05/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昔、ええと、今から30年以上前だろうか、NHKの教育テレビに出演した時、大道芸人の方々と共演をした、その中に雪竹太郎さんがいた。
身体を白塗りにして、ロダンの考える人などの大道芸をやるパフォーマーだった。
今でこそ、身体中を金色に塗りたくり銅像になって道行く人から投げ銭貰っているパフォーマーを世界中で見かけるけど、辿ればその大元はきっと、雪竹さんである。
彼は当時、世界的な大道芸人のフェスでグランプリに選ばれている。
ぼくはその人と、たまたま訪れたパリで(32年前に)再会したのだ。
その辺の経緯は拙著「ガラスの天井」に譲るけれど、雪竹さんの凄味を感じたのは、ポンピドーセンター前の広場で、300人ほどの人を前に、繰り広げたパフォーマンスの迫力であった。
ぼくが生まれて初めて生で経験をした大道芸だった。今でも、その時の興奮を忘れることが出来ない。
なぜ、今、この話をここに書いたかというと、そのポンピドーセンター前の広場に、久しぶりに立ち寄ったら、あの日のことを思い出してしまったからである。
雪竹太郎さんは今から30年前、そこにいる人たちの拍手喝采を浴びた。その中に、若き日のぼくがいた。

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」



30数年ぶりに訪れたポンピドーセンターは当時のままであった。
当時は「デザインが斬新過ぎてパリの美観を損なっている」とけなされていたけれど、今は、マレ地区のシンボルとして不動の地位を築いている。
決して古臭くなく、もちろん新しくもないけれど、新古典として、そこに屹立しているのだった。
人間だけが入れ替わり、その広場に集まる人たちは傾斜する広場に座り、何処とは言えない場所を見つめている。
残念なことに、当時のような大道芸人は一人もいなかった。時代は変わる、のか。
ぼくが住んでいる左岸とは全く異なる、自由な地区で、相変わらずジェンダーの垣根がない。
ぼくのようなロン毛おじさんも、ここでは目立たず、自然に溶け込むことが出来る。
最近、仲良くなったケリーさんのティールームに三四郎と顔を出し、この地域の文化について語り合った。
「マレはどう?」
「いいね」
「どういうところが好きなの?」
「ぼくね、マレを知って、アートとかパフォーマンスに出会ったんだ。マレ地区はぼくにとって永遠の表現の場であり、アートのゼロ地点。ここに来なければ、ぼくはアートとここまで新鮮に出会えなかったかも。ポンピドーセンターの良し悪しは別にして、あの広場で前衛的なアートと出会った」
「ええ、そうね。素敵よね。いつか、ここでライブやったらいいのに」
「え? やりたい。今度、やるよ、絶対に」
なんで、ぼくはマレ地区で暮らしたことがないのだろう、と思った。
ぼくの知っているパリとは根本から違う、若くエネルギッシュなカルチエであった。

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」

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そのマレ地区の中心、バーやクラブやカフェがごった返すジェンダーフリーな地域のど真ん中に、子供たちが野菜を育てる小さな小さな、しかも、ビルで囲まれた農園がある。
横が幼稚園なので、園児はもちろん、地域の子供たちがそこで、ニンジンやトマトを育てている。もしくは野菜の育て方を習っている。
パリ市が経営をするマレの畑(調べたら、クロ・デ・ブランマントーというらしい。よくわからないけど・・・)を訪れたその日も、地元の若い人たちが植物に水を与えていた。
お父さんとお子さんがサッカーをやっていた。

退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」

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退屈日記「ぼくの好きなパリ・右岸、マレ地区の隠れ家のような農園について」

喧噪はない。地元の子供たちが、静かに植物や野菜と向き合っている。
マレ地区で一番好きな場所でもある。なんて、愛が溢れた場所だろうと思った。
葡萄の実が育ち始めていた。パセリやセージなどのハーブが野性的に成長していた。
落ち着く場所だった。鐘の音が遠くから聞こえてきた。
パリのど真ん中、溢れる人々から無縁の静寂がそこにはあった。

つづく。

今日も、読んでくださり、ありがとう。
マレ地区でもいつか歌いたいですね・・・。マレの皆さん、お楽しみに。
さて、お知らせです。
辻󠄀仁成 アコースティック セレナーデ フロム パリ
Jinsei Tsuji Acoustic Serenade From Paris
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【ビルボードライブ大阪】(1日2回公演)
8/8(月)1stステージ 開場17:00 開演18:00 / 2ndステージ 開場20:00 開演21:00
[お問い合わせ] ビルボードライブ大阪: 06-6342-7722
〒530-0001大阪市北区梅田2丁目2番22号 ハービスPLAZA ENT B2
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[お問い合わせ] ビルボードライブ横浜: 0570-05-6565
〒231-0003 神奈川県横浜市中区北仲通5 丁目57 番地2 KITANAKA BRICK&WHITE 1F
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発売日
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一般予約受付開始=6/13(月)12:00正午より

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