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滞仏日記「昔、大学の合格祝いにスーツと腕時計を貰った。さて、ぼくは何を息子に」 Posted on 2022/06/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子が志望する大学に合格したのを喜んで一夜が過ぎたが、今日になり、ふと思ったことがあった。
ぼくも大学生になった時、両親から「合格祝い」をもらったのだ。
スーツと腕時計であった。

ぼくは基本、腕時計はしない。しかし、父親的には大学生になったからには「腕時計とスーツ」が必要と思ったに違いない。
その時のことを思い出し、自分も親として、フランスで成人し大学生になった息子に一世一代のプレゼントを贈らないとならないな、と思った。
最初に考えたのは、「腕時計とスーツ」である。
自分の父親と同じことをする、というのは、辻家の歴史上、大事な気がしたからだ。実は父親(中央大学)も九州から東京に出る時、父親にスーツを与えられているのである。
確かに息子はスーツを持ってない。腕時計はあるけれど、おもちゃのような時計しか持ってない。
ぼくの時はセイコーの、文字盤が薄紫色の素敵な時計であった。
さて、困った・・・。

滞仏日記「昔、大学の合格祝いにスーツと腕時計を貰った。さて、ぼくは何を息子に」

※ 真ん中中央のリーゼント兄さんが、18歳の時の父ちゃんなり、え??? 不良??? あ、いやああ、それほどでも~。



ただ、三つの国立大学に合格をしたが、他に三つの補欠の大学があり、その中に彼の本命の大学がまだ、残っている・・・。
補欠の順位からすると可能性があるようだし、今日も廊下ですれ違った時に、
「まだ、わからないよ」
とニヤッと笑ったので、ドキドキした父ちゃんであった。
週明けから、学生たちが、自分の道を一斉に選びはじめる。息子も7日に一つを選んで、二つを放棄しないとならない。
その二つを待っている学生さんがいる。
同じように、息子が行きたい本命の大学でどのくらいの放棄者が出るか、ということだ。
これが7月の14日まで断続的に続くというのだから、フランスの受験というのは実に不思議である。
つまり、一発で決まらない学生が今現在大勢いる、ということ。
今、彼が合格した大学もぼくからすると素晴らしい大学で、一年前だったら、夢の夢の大学であった。
だって、いつも音楽ばかりやって、日記に書いてきた通り、彼はいわゆる猛烈な受験勉強なんてやったことがない・・・。
でも、合格したのは、たぶん、授業だけはまじめに受け続けたからであろう。
大学受験をするなら塾に通ったら、と忠告した時、
「パパ、そうじゃない。高校の先生はみんな素晴らしい。学校の授業をちゃんとやっとけば塾など行く必要がない」
と戻って来た。
結局、この子は正しかった。

滞仏日記「昔、大学の合格祝いにスーツと腕時計を貰った。さて、ぼくは何を息子に」



息子は音楽もそうだけど、独学で、道を究めつつある。
セミプロのような仕事が舞い込むまでになった。そこにはモチベーションがあった。
大学に入り、いい先生や環境と出会えれば、彼はさらに学問の道も究めることが出来るだろう。
好きなことには全力で頑張るタイプである。似ている、笑。
そういえば、高校の後半で、彼は数学を選択科目から外した。
理数じゃないと就職に不利になるので多くの学生たちが数学を選択しているのに・・・。
日記にも書いたが、ぼくのママ友は「数学をとっとかないと将来ふりになるわよ」とぼくに忠告した。
その時、息子と喧々諤々、言い合いをした。ぼくも悩んだが、息子の意志は固かった。
就職に有利な理数を捨て、彼は今時、文系を選んだのだ。
でも、息子は自分のことをよく知っていた。モチベエーションを持てない勉強は、結果が伴わない、ということを・・・。
つまり、彼はぼくの忠告にすべて逆らって自分でつかんだ勝利なのだった。
「ぼくはずっと一人で学んできた。パパからは何も教わってない」
これはぼくのママ友にある日、息子が言った言葉である。ぼくはショックを受けたけれど、結論から言えば、彼は正しかったことになる。

滞仏日記「昔、大学の合格祝いにスーツと腕時計を貰った。さて、ぼくは何を息子に」



彼が受かった文系の大学はいい学校だけど、ママ友の中には、「そこを出てもたいした就職口なんかないわよ」という辛口もいる。そうかもしれない。
でも、ぼくは別の角度で彼は自分の将来を掴むのじゃないか、と思っている。
息子には音楽家としてのキャリアが出来つつある。
セミプロのような仕事をやっているが、これが次第に形になっている。10万人のフォロワーがいる、今の彼の音楽のクオリティはなかなかのもので、ぼくには到底真似できない。
今、18歳なのだ、ぼくがデビューをしたのが25歳だった。
時代は違うが、そのどこにおいても、あいつは、独自の道を歩き続けている。
残念なことだけど、ぼくは何も教えてあげることが出来なかった。仏語さえ、まともに話せないのだ。
「でも、パパはそれでいいんだよ。だから、ぼくも自分の道を自分で決める」
息子がいつかそういうようなことを言った。
さて、ぼくはこの子のために、特別な「合格祝い」をプレゼントしないとならない。
ぼくが、父親に貰ったスーツは入学式の時に一度しか着なかった。
腕時計はつけない主義なので、ずっと机の中で眠ったまま。動いたのを見たことがない。
それでも、父親がくれた「スーツと腕時計」はぼくの記憶の中で、今も輝いている。

つづく。

今日も、読んでくださってありがとう。
「合格祝い」これはとっても大事だと思うので、ぼくはぼくなりに悩んで彼にギフトしたいと思っています。彼の将来に役立つ何か、をプレゼントしたい・・・。
なんだろう???
さて、お知らせです。
6月13日、父ちゃんの日本公演のチケットの発売日になります。
8月8日、大阪ビルボード、めっちゃ愉しみや~。お好み焼きとか、食べたい。そして、12日は横浜ビルボード、、めっちゃ愉しみや~、シュウマイ弁当食べたい~。
NHK・BSの新作「ボンジュール、辻仁成の春ごはん」の本放送は6月17日に迫ってきました。義和Ⅾ的には大丈夫なのか!?
それから、6月30日はマガジンハウス社から、いよいよ「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が発売に。読み返したけど、泣けました、3000日・・・。長かった、合格おめでとう・・・。
で、もっとも大事なお知らせ。
6月26日に、地球カレッジ、前期エッセイ教室の最終回、総まとめ編です。
エッセイを書くのが大好きな人、文章家を目指しているあなた、ブログをやっている皆さん、ぜひ、ご参加ください。課題もあります。
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えいえいおー。

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