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退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」 Posted on 2022/06/30 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日、30日、新刊「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が発売となったのだけど、実に静かな朝である。
反響というものは今のところ届いていない。笑。
担当編集者の大島さんからも今のところ報告が届いていない。
でも、とりあえず、今日、全国の書店の棚に並んだはずだし、もしかすると、平積みになっているところもいくつかあるはずだ。
このエッセイ集はデザインストーリーズで日々綴っている日記の中から息子のことを書いたものを抜粋し、出版化されたものである。
なので、買わなくても、記事はネットの中に存在するのだが、これまでに書いた日記は約3000本を数えるので、初期から現在まで、時間経過に従ってそれを探すことは相当に困難を要する。
そもそも、ぼくはいつかこういう本を作りたくて、急逝した秘書の菅間さんに記事の保存を依頼しておいた。
そこにマガジンハウスの最初の担当だった瀬谷さんから、大島さんという編集者が「辻さんの本を作りたい」と言っているのですが、と紹介された。
やりとりがあり、その誠意が伝わったので、菅間さんにまとめたデータを送ったのである。
大島さんはそれらを精査し、一冊に編纂したのが、本書「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」ということになる。

退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」



最初、大島さんが提案をしてくれたタイトルは、「父と息子の3000日」であった。
すごくいいタイトルだなァ、と思った。
タイトルは編集者も一緒に考える、むしろ、過去の経験からすると編集者が一番タイトルに関してこだわりがあるように思う。
タイトルを付けるのを生き甲斐にしていた人もいた。要するにタイトル周りは編集者の仕事なのである。
しかし、「父と息子の3000日」だと客観的な印象をもったので、「息子とぼくの3000日」にしてはどうか、と提案をしたら、大島さんの上司が気に入ってくださったとかで、すんなり変更が決まった。
しかし、このタイトルの肝は3000日だろう。ここに着眼した大島さん素晴らしい。
つまり、何年と書いてしまうと、頑張った日々が薄まってしまう。しかし、3000日とすることで、その一日一日が浮き上がってくるわけだ。
そんなに毎日、ごはんをつくったり、話し合ったり、悩んだり、喧嘩したり、思春期や反抗期もあっただろうに、大変だったに違いない、と様々な想像を読者に与えることが出来る。
でも、ぼくは、それだけだと足りない、と思った。やはり「パリで3000日頑張ったということが分かった方がいいですよね」と提案をしてみたのだ。
そこで、「パリ、息子とぼくの3000日」というタイトルが出現するのだけれど、なんでもかんでもパリで片づけられるのもどうかな、と思ったので、「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」を提案させてもらったら、大島さんの上司さんが、気に入ってくださり、すんなりタイトルが決定したという次第である。上司さん、ありがと。
「パリの空の下で」はエディット・ピアフの名曲のタイトルである。ぼくは最近、この歌が好きで毎晩歌っている。自分を振り返るのに、ぴったりの曲・・・。

退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」



こうやって、一冊の本のタイトルというのは長い試行錯誤の末、生まれることが多い。
そして、タイトルが読者と作家を繋ぐ、最初の架け橋となる。長いタイトルになったけれど、要は「3000日」がすべてのかなめであった。
次に難しいのは集まったエッセイを一冊の本に構成すること。ここは大島さんが、本当に頑張った。
時系列にまとめればいいというわけもでないのが、時代をおって、ぼくと息子の動向が分かるように構成をしなおし、頭と最後に最近の動向がわかるエッセイを配置し、前書きとあとがきとした。
読みやすく、分かりやすい一冊が出来上がることになった。そこから研磨するように、不要なものは省き、校正が入り、加筆訂正があり、あとは時間との戦いとなった。



退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」

ところが日本を代表する装丁家の鈴木成一さんから、「イラストは辻さんが」というお願いが飛び込んだ。仕方ないので、数葉、家事の合間に描いて送ると、今度はずうずうしい、お願いが大島さんから舞い込んできた。
「辻さんおつかれさまです!鈴木さんご確認くださいまして、素晴らしいクオリティ!!と大絶賛されてます。そしてここまで描いていただけるなら、シチュエーションにもう一声…!ということで、以下、鈴木さんからご相談です。
現状、仲良し父子の面が強調されていて微笑ましいイラストが多いのですが、大人に近づき父離れをしていく過程、喧嘩しているわけでもなく、お互いにつかづはなれず、大切な存在を複雑に思いやるその微妙な距離感を表1イラストに持ってこられたら最高と思い、
それを追加で描いていただくのはどうでしょう。あくまで、例えばですが、ちょっと距離を空けてお互いの様子を伺っている感じとか、息子さんは本や鞄・辻さんはフライパンを持って自分のことをしているんだけど、目線はお互いを見ている…とか??」
やれやれ。調子に乗りやがって、と正直思った。笑。
そこで、犬も木に登る思いで描いたのがこちらのイラストである。

退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」



退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」

退屈日記「本のタイトルはどうやって決まるのか。タイトルの難しさと出版裏側」

このイラストに色を付けたものが戻ってきて、ぼくはびっくりした。なんとなく、パリの国旗の三原色になっていたからだ。パリとぼくと息子が一体化しているじゃないか、さすがである。
その後、大島さんがこだわったのは帯の文章だった。実は、あまり読者の皆さんは知らない方が多いと思うのだけれど、帯ネームもタイトル以上に編集者の重要な仕事となる。
まさに、ここが出来て一流の編集者と言える。帯なんか、どうでもいいのに、と前は思っていた時期もあったが、優秀な編集者はここに一番注力する。
これはタイトルに次ぐ、読者と作品の架け橋となるからだ。大島さんから以下のようなメッセージが届いた。
「そして帯ネームですが、辻さんの日記を読んでいると、どんどんいいフレーズが
あって、迷ってしまっておりますが、最終的にはこうしようかな、と。
ご確認くださいましたら幸いです。よろしくお願いいたします!
…………
パリ、息子とぼくの3000日
帯表1
幸せというのものは、欲ばらない時にすっとやってきて
寄り添う優しい光のようなものじゃないか
ともに生きた”愛情”の記録
帯表4
その時、ぼくは人間に期待をしないことが、落胆をしない
一番の方法だと思っていた。でも、息子はぼくとは根本から
異なる考え方を持っていた。
「パパ、人間は期待していいんだよ」と彼はいった。
ぼくは父であり、母であったーー

つづく。

ということで、今日も読んでくださり、ありがとう。
こういう長い努力があって、この作品は世に出ることになったのです。どうぞ、お手に取って頂き、内容とは別のところでこの本にかかわった人たちのささやかな裏話も面白がってやってくださいませ。
さて、お知らせです。
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