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退屈日記「今日は息子にパスタの基本を教えてやったのだ。父ちゃん先生登場」 Posted on 2022/07/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、買い物の極意を教えた父ちゃん、その後、料理を教えてほしい、という息子からのリクエストがあり、まず、パスタの基礎編として、「ペペロンチーノ大攻略」講座を開催した父ちゃん先生であった。
「いいかい?」
「うん」
名コンビである。
大学生を目前に、息子は今までで一番精神的に安定しているし、かなーり、大人になったと思う。反抗期、思春期は終わった。
「パスタってね、基本さえ学べばなんにでも応用が利くんだよ。その基本はずばり、ペペロンチーノにあり」
「うん」
「じゃあ、やってみよう。どのパスタで作るかで、ちょっと違ってくるから、自分の好みを探せばいい。ゆで時間5分前後のフェデリーニタイプ(ディチェコ社)、ゆで時間10分程度のスパゲットーニタイプ(バリラ社)、それか、もっと太いリングイネタイプ」
「太いのがいい」
「じゃあ、最近、パパがはまっている、SETARO社のにしよう。実際のリングイネよりちょっと薄くて、美味い」
「うん」
「まず、ニンニクを自分が出来る限界まで、包丁で叩いて、超微塵にする。やってごらん」
覚束ない手つきで、ニンニクをカットしはじめた息子くん、なかなか、うまくみじん切りが出来ない。
「はい、選手交代」
そこで、ニンニクの切り方を教えた父ちゃん先生であった。

退屈日記「今日は息子にパスタの基本を教えてやったのだ。父ちゃん先生登場」



「まず、包丁のへらで叩いて潰し、それらをまとめて、細かくカットしていく。左手の四本の指はこうやって立たせて包丁で切らないように壁を作る。で、とんとんとん、とやるんだ。ほら、スムーズだろ?」
「うん」
「ある程度、細かくなったら、両手を使って、先端を左手で固定し、テコの原理で右手をリズミカルに細かく振動させてみじん切りにしていく」
「うん」
「最後は、包丁で粘り気が出るまで叩き続ける。ここまで細かくなると必ず美味しくなる。荒くカットしただけのニンニクでは味わえない、広がり、深みが出るから、やりなさい」
「うん」
ぼくは仏語がダメなので、勉強は教えられないが、生きる術なら、こうやって教えることが出来る。生き残らないとならない、人生はサバイバルの連続である。
ぼくは厳しい先生のように腕組みをして、息子の包丁さばきを見守った。
「よし、じゃあ、次は生唐辛子をカットする。へたの下をまずカットし、それから縦に、包丁で切り目をつけ、中を開き、水道で流し、親指で種を除去するんだ」
「うん」
「ただ、気を付けろ、生唐辛子は手ごわい。人生の難敵みたいなもので、唐辛子の辛さで目があかなくなるから、窓を開けてやること、調理した手で目や鼻を触ると、ひりひり痛くなるから、気を付けるように」
「うん」
買ったばかりの新鮮な生唐辛子、くわー――、窓全開なのに、目に染みた。
「きたー」
「きたー」

退屈日記「今日は息子にパスタの基本を教えてやったのだ。父ちゃん先生登場」



沸かしたお湯にパスタを入れる。
「あ、それがいつもよくわからない。どうやって、やるの?」
そんなこともわからないんだ、と思った。確かに、鍋からはみ出た麺をどうしていいのか、自分もわからなかった。
「いいかい? パスタを中心にトンと置き、扇子を広げるみたいにぱらーっと輪を描くように広げる。それから、15秒くらい放置する。下の部分が少し柔らかくなるので、トングで押し込むとスムーズにおさまってくれるよ。やってみるか?」
「うん」
黙々と作業が続いた。普段、作ってるだけあって、素質がある。
「悪くないよ。すぐに上達する」
「うん」
「このSETARO社の麺はどれもコットラ(ゆで時間)が表示されてない。自分で好きな硬さに、というこの会社のポリシーなんだろう。素敵だね。10分過ぎたら、硬さを自分で確かめて、アルデンテ感を探れ」
「うん」
「じゃあ、その間に、ソースを作ろう。フライパンにオリーブオイルを回し掛けする。ちょっと多めだ。底が隠れるくらい」
「こんな感じ?」
「オケ」
そしたらニンニク、唐辛子、アンチョビを投入し、中火から弱火にして、香りをオイルにうつしていく。気を付けるのは、ニンニクを焦がさないこと。それから、パパは、アンチョビは細かくしないで、そのまま投入する。熱で自然にとけていくのが楽しい」
「うん」
「オリーブはこってり入っている方がうまいから、足りなければ随時足す」
「うん」
「すごい香りだろ?」
「うん!」
「ニンニクの超微塵効果なんだよ」
「うん」
「麺の硬さをチェックしてごらん」
息子がトングで、麺を一本掴んで、食べた。
「はい、選手交代」
ぼくは掴んだ麺の先を指で一センチ程度をカットし、それを口に運んだ。
「これはパパのやり方。一本全部食べると何本も食べないとならないから、一センチを千切って茹で加減を確認すればいい。人に出すパスタはダメだけど、自分で食べるなら、これが経済的、効果的」
「うん」

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「はい、そしたら、その麺をフライパンにうつせ」
「うん」
息子はフライパンを掴んで、鍋の近くにもっていき、トングでつかんだパスタを投入した。息子が器用にトングでパスタを混ぜあわせていく。上手じゃん、と褒めた。
「うん」
「美味そうだ」
「うん」
「ここにゆで汁をお玉一、白ワインを回し掛けして御覧、風味ととろみが増すよ」
「うん」
この、うん、しか言わない息子だけど、うん、の強弱で感動の度合いが伝わって来る。親子ならではの、至福の瞬間である。
「じゃあ、盛り付けよう」
「うん」
行きつけのイタリア食料品店で買った仔牛のミラネーゼがオーブンでちょうどいい具合に温まっていた。
盛り付けたパスタの上にミラネーゼを載せ、パルメジャーノをふりかけて、完成であーる。
食堂に場を移し、試食会となった。
息子がフォークで麺を絡め口に運んだ。
次の瞬間、
「うまい!」
が飛び出した。自然に自分の口をついて出た、正直な感想であった。
たぶん、極意を伝授出来たと思う。この感動が料理をマスターするコツなのであーる。
えへん。By 父ちゃん先生・・・。

退屈日記「今日は息子にパスタの基本を教えてやったのだ。父ちゃん先生登場」

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「いいかい。これがパスタの基本だよ。肉なら豚ひき肉とか、魚ならツナ瓶詰とかサーディン缶詰とか、野菜なら、イタリアのプンタレッラとかフランスのポワロ―とかほうれん草や玉ねぎ、なんでもあう。これに、トマトペーストをいれてトマト風味にしてもいい。オリーブオイルをひまわり油にかえれば、オイルパスタになる。醤油との相性が抜群になるよ。ペペロンチーノさえ、攻略できれば応用は無限なんだよ」
「うん」

つづく。うん。

ということで今日も読んでくれてありがとう。
実はこのペペロンチーノ、何度も小さい頃から教えて来たんですけどね、毎回、じゃあ、ペペロンチーノから教えてあげるね、となるのに、疑わない息子、笑。でも、その時々で、きっと気分が違うんだろうなァ。今回は卒業の味編でした。次回もまた、ペペロンチーノを教えることになるのでしょうか?
はい、お知らせです。
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