JINSEI STORIES

滞仏日記「父ちゃんのSOS。父ちゃんが父ちゃんをやめたいと思う夜に」 Posted on 2022/07/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、いつも笑いを、と思っているが、ちょっと厳しい状況にあるので、正直にここに記したい。
ぼくは今、福岡にいるが、精神的には疲弊している。
こういうことを皆さんに話していいのか、わからないけれど、今日、ぼくが思ったのは、62歳にもなって、ぼくに味方がいるのだろうか、ということだ。
こういう書き方は誤解を招くので、どうかとは思うし、誰だって孤独なのだから愚痴をいってもしょうがないのだが、ぼくは、見回してみると、味方が少ない。笑。
相談をしたいのだけど、相談できる人間がいない。
ちょっと面倒くさいことが続いているので、周囲の人に助けを求めているが、残念なことに、ぼくのSOSは届かないようだ。
ぼくはたぶん、ここ数年の中で今、一番頑張っている。
しかし、妻がいるわけじゃないし、息子はいるけれど、今の彼には余計な心配はかけたくないし、そもそもまだ子供だから、わからないだろう。
ぼくと同じ気持ちで、ぼくを労わってくれる人がいま、傍にいない。
なんだ、そういうことか、と思われるかもしれないが、いやいや、疲れた・・・。
とくにここ福岡までやって来て、大きなミッションと取り組んでいるのだけれど、信頼できる相談相手が不在なのは、実に心細い。
細かいことは書けないけれど、簡単に言うと、辛いことを相談しても、ちゃんと親身になってくれる人が周囲にいないということだ。
なので、こういう日記だけは書きたくなかったが、しかし、これこそが本当の日記なので書かせてもらうと、『人間、支えてくれる人間がいないのはやばい』ということ。←今頃、気づいたのか!!!

滞仏日記「父ちゃんのSOS。父ちゃんが父ちゃんをやめたいと思う夜に」



今日も、いろいろと問題があった。
お金を貰ってやってるいわゆる仕事ではない。滞在費や食費も自分で全て出しているので、大きな意味で、ボランティア。
大切な三四郎まで預けて・・・。
でも、「誠に申し訳ございません」と謝れてばかりで、ぼくの限界はとっくに超えている。
それでも、いいと思って引き受けたのだから、そのことに文句はない。
ただ、自分が本当に苦しい時に、「苦しい」と言える人がいないのは、やっぱりつらいなぁ・・・。
ぼくと同じ気持ちで向き合ってくれる人がいないのは、寂しい。
人間は疲れた時に、「疲れた」と言える、相談できる相手がやはり必要だろう。
ぼくは周囲を励ますのが好きだけれど、自分が励まされることにはちょっと慣れていない。
今は励まされたいなぁ、と思うが、不意に悪口や陰口を言ってくる変な人ばっかりで、正直、人間不信になっている。
NHKの番組でも「感じのいい人」をやっているけれど、あれの裏側に、かなり寂しい顔面蒼白な父ちゃんがいる。
そこは画面に出ないようにしてきた。NHKもそこは望まないだろうし・・・。
なので、こういう日記もどうかと思うけれど、そもそもこの日記もいいことばかり書いてきたが、その裏側で、人間だもの、抱えきれない大変が隠されている・・・。
でも、今日は書かせてもらう。ぼくはいつも、お父さんで、主夫で、負けず嫌いで、一番年上で、頑張る人で、言葉の人で、弱音を吐けない人だった。みんなを支えてきた。
でも、実は小さな人間で、弱くて、・・・ぼくがどんなに頑張っても、火の粉はふりかかってくる。ぼくだって、誰かに甘えたいし、弱音を吐きたいし、抱きしめてもらいたいのである。
気持ち悪いけど、そういうことを思う夜もある。

滞仏日記「父ちゃんのSOS。父ちゃんが父ちゃんをやめたいと思う夜に」



「でも、自分が蒔いた種でしょ」と言われたら返す言葉はない。
みんな、自分が蒔いた種のせいで苦しんでいるのだ。
信頼できる人が、いれば、ぼくはもう少し楽に頑張れるだろうな、と思う。
周りにいる人たちはいい人たちだけど、ぼくは太平洋の孤島のような場所にいる。あと一週間くらい、ここで、ボランティアをやったら、東京に戻り、ライブをやって、パリに帰る。
想像してみてほしい。ぼくは毎日、仕事をしている。
ぼくに休みはない。それでも、誰かが寄り添ってくれるなら、期待にもこたえたいし、ぼくはきっと頑張れるのじゃないか、と思う。それはなんだろう。
愛か、いいや、そういうところで愛と取引をしたくない。ぼくが求めているものは恋愛とかでもない。友情でもない。思い出でも、未来でもない。
ぼくが辛い時に、文句を言ってくる人間じゃなく、「がんばってね、とんとんとん」と言ってくれる人だ。
ぼくはそういうことを考えたことがなかった。
自業自得よ、とあなたは言うかもしれない。
そうだろうな。自業自得かもしれない。それでも、ぼくだって生きているのだ、誰かの支えは必要である。

滞仏日記「父ちゃんのSOS。父ちゃんが父ちゃんをやめたいと思う夜に」



今、福岡にいることを後悔はしていない。
きっと、喜んでくれる人がいる。きっといる。
今日も一人の女性に、ありがとうございます、と言われた。それはうれしかった。
ただ、今はこの苦しい状況を乗り切りたい。今までにも多くの問題がぼくには降りかかってきた。その時、ぼくはどうやって、乗り切ってきたのだろう。
それが思い出せない。ぼくはちょっと年を取り過ぎたのもしれない。
おととい、フライデーの記者さんから、プライベートについて、取材をしたい、と申し込まれた。昔からの友人で、信頼できる子だから、きっと真面目な記事になるのだろうとは思ったけれど、ぼくは今さら、フライデーじゃないし、そこできれいごとを並べる図々しさはないなぁ、と思った。
だから「やめときますね」と返事をした。
自分の心情を吐露するならば、この日記が一番わかりやすい。
たいしたことじゃないけれど、ぼくにとっては実にたいしことなのだ。
そして、これはぼくだけの問題じゃなく、生きている人がそれなりに背負っている一生の問題でもあるのだろう。
弟と母さんには感謝をしている。
今日は三人でまた一緒に食事をした。

つづく。

読んでくださって、ありがとう。
愚痴みたいですまないです。だれのための人生だよ、といつも言ってるくせに、それをよく忘れる父ちゃんなのでした。まる。
さて、お知らせです。
7月28日は父ちゃんのオンライン・講演会「一度は小説を書いてみたいあなたへ」と題してお送りします。
一生に一度でいいから小説を書きたいけど、敷居が高くて、と半ば諦めかけている皆さん、そんなことはありません。ぼくがどうやって作家になったのか、どうやれば一冊書けるのか、など、講演会形式でお話をしたいと思います。
詳しくは、下のバナーをクリックください。

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