JINSEI STORIES

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」 Posted on 2022/07/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ぼくはちょっと荒んだ生活をしている。
母さんと食事に出る以外は仕事の合間にカップ麺などを食べている。昼は「マルちゃんの正麺」というのを試してみたが、これがびっくりするくらいうまかった。
スーパーで最後の一個だったので、間違いない、と思って買ってみたのだけど、いやぁ、レベル高い。
ラーメン屋さんに行って食べるお金くらいあるのだけど、時間がないのと落ち着かなくて、その上、ボンランティアでやることが多く、カップ麺ばかりになっている。どんべえの蕎麦も買った。あはは。
今日、福岡の事務所にマガジンハウス社さんから「パリの空の下で、息子とぼくの3000日」が届き、ご対面となった。おおお、これか、すげー。
ページをめくって、感動した父ちゃんだった。
今日、3刷10000万部が書店に配布されました、と編集者さんからメッセージが届いたばかりだったが、捲ると背表紙がこれまたぼくのシュールな画伯(父ちゃんの)絵で、うほ、めっちゃ嬉しい。
海外生活者だから、自分の本と対面するのがいつも数か月後になってしまう。
今回は日本滞在中だったので、いつもよりうんと早く会うことが出来た。るんるん。
正麺がつるつると胃袋に心地よく流れ込んでいく。おお、生活感溢れとる。
ベッドに寝転んで、ちょっと読んでみた。
2019年、息子が15歳の時の文章であった。

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」



そうか、こんなことがあったなぁ、と読みながら、涙ぐんでいる父ちゃん。
その子が今や大学生なんだもの、頑張ったな、と涙をぬぐいながら、微笑んだ。
その息子だけど、今日はフランスの全大学の最終結果が出揃う日、息子からなんの連絡もないということは、補欠の大学はやはり及ばずだったのかな・・・、ここはそっとしておくか・・・。
とはいっても、4つの大学に合格しているし、その中の一つ、ユニベルシテ・ド・パリ(パリ大学)の一つに行くことになったので、十分、頑張ったと思う。
褒めてあげたい。長い戦いだったね、と。
じゃあ、方向性も決まったので、本格的な部屋探しをしないとならない。明日あたり、こっちの仕事が落ち着いたら電話してみようかな・・・。

36ページのところで目が留まった。息子に叱られたのだ。
「何かユニバースが足りないんだよ。もっとパパにしか作ることのできないユニバースを出した方がいいんだよ」
手厳しい意見である。これはぼくの音楽についての彼の意見なのだ。(最近、ECHOESファンになったくせに・・・)
ま、こういう親子の会話って、ぼくはすごくいいなって、思っている。
思わず読み込んでしまった。
「人がやらないことをやる方が、人の真似をすることより楽しいことを僕は知っている」と息子が豪語していた。そういうことを不意に言い出す変な子なのである。
「ぼくはパパに似てきたね」
そうかもしれないなぁ、と思った。この子は着実に自分のユニバースを作っている。それは昔のぼくにそっくりだ。
どんな大学生になるのだろう。正麺をすすりながら、思った父ちゃんであった。

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」



この部屋には驚くべきことに、洗濯機がないので、ふろ場にお湯をためて、そこで洗濯をしている。
Tシャツとか、下着も、そこで洗ってる。仕方がない、えへへ。
もちろん、洗濯のあとは、綺麗にお風呂も洗っている。自分も入るから・・・。
洗濯ものはベランダの物干しに並べて乾かしている。めっちゃ暑いので30分で乾いてしまう。
それから、時間がある時は、ローラーとマットを買ったので、ライブに向けて腹筋運動もしている。もちろん、歌の練習も・・・。
最上階の角部屋なので、ちょっとは歌うことが出来るのだ。
なぜか、ビルに囲まれた福岡市内のマンスリーマンションでこういう生活を送ることになるとは、思いもしなかった・・・。
福岡の個人事務所の片づけ、母さんのお世話、福岡のとあるボランティア活動、小説の取材などをこなし、宿に戻って、日記を書いている。
パリから遠く離れて・・・。
「しもしも」
中原さんから、電話が入り、ビルボードさんから追加公演をやって貰えないか、とお話がきています、と相談を持ち掛けられた。追加公演か・・・。
「会員さんでも、買えない人がいたようで、ぜひともお願いしたいとのことですが、辻さん的にはどうでしょうね?」
「どうでしょうね。やりたいけど、実はこの夏はもうスケジュールないんだけど」
「はー、じゃあ、秋とか」
「秋はね、引っ越しがあって、息子が大学生になるから、子犬もいるし・・・」
「そうですねよね。でも、追加公演だから、10月くらいまでかな、と思うんですが」
「じゃあ、ちょっと宿題にしようか、今は正麺食べてるから」
「あ、了解。正麺、いいすね」

滞仏日記「三四郎は友だちと、息子から連絡なし、父ちゃんは一人で正麺の夏!」



そこにジュリアから三四郎の写真が届いた。
「ボンジュール、ムッシュ~。三四郎はご覧の通り、仲良しの友達が出来て、べったりですよ。車にも慣れたし、夏をエンジョイしています。ムッシュもお元気で~」
おお、サンシー、その子と仲良くなったのか・・・。ぴったりくっついているじゃないか。オスかメスかわからんが、めっちゃ英国紳士風のお顔立ち、気品のあるわんちゃんであった。
よかったな、サンシー。父ちゃんは安心したぞ。みんなと仲良く、この夏を満喫するんだよ。なるべく早く、帰るからな・・・。
はぁ、おうちに帰りたい。

つづく。

お知らせですー。
それから、7月28日は父ちゃんのオンライン・講演会「一度は小説を書いてみたいあなたへ」と題してお送りします。
一生に一度でいいから小説を書きたいけど、敷居が高くて、と半ば諦めかけている皆さん、そんなことはありません。ぼくがどうやって作家になったのか、どうやれば一冊書けるのか、など、講演会形式でお話をしたいと思います。
詳しくは、下のバナーをクリックください。

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